『伊丹 - にせものへのトロイメライ』伊丹京介(35)/ユーザさんを喪った話/死ネタ/伺かゴーストWebアンソロジー企画『うかはか』参加作品再録
あの男が死んだと聞いた。
それを聞いたのはあの男と何度か行ったバーのマスターからで、
なんでも交通事故だったそうだ。
呆気ない死に様だ、と思った。
こんな路地裏のビルの、男の部屋に通いつめるような
変わった男の死に様としては、
あまりにもありふれた死に方だ。
書き物机の椅子に座って、俺は煙草に火をつけた。
目を閉じて、煙とともに深い息を吐き出す。
思い出すのは、あの男の事だ。
顔、声、仕草、交わした話。
自分にしてはずいぶんと長い間、
同じ人間と付き合い続けていたような気がする。
出会った頃の事はもう、ところどころ、雨の雫と一緒に流れ落ちてしまっていた。
見慣れたはずの顔の記憶は、
滲んだようにぼやけてしまっている。
あいつの写真でも撮っておけばよかったか、と、
一瞬だけ考えて、何を馬鹿な、とそれを否定する。
……しかし、もしそれを願ったとしたら、あいつはどんな顔をしただろう?
驚くだろうか、笑っただろうか。
それを確かめる術はもう、永遠に失われてしまったけれど。
雨は、まだ降り続いている。
巡る墓がひとつ増えたか、と自嘲して、ある事に気付いてしまった。
―― おれは、あいつの名前を知らない。