「俺の好物はなんだい?」
一人でこっそりお稲荷さん食べちゃったPさんに仕返しと言う名のお仕置きをしながら結局いちゃいちゃするだけのお話です。
@toasdm
「うぅ……雨彦さん……」
「それで?」
雨彦は静かに彼女に問いかける。ごめんなさい、とうなだれて、彼女は何を言っても言い訳にしかならない事情説明を始めた。
「その……黙っていたわけじゃ、ないんですよ」
「へぇ?」
「うぁぁぁ、怒らないでくださいってば!」
別に、雨彦はそこまで怒っているわけではなかった。彼女がいつどこで何を食べようと、雨彦にとってはそこまで問題ではなかった。ただ、自分の好物を、人からもらったとはいえ一人で食べ、それを黙っていたというのはいただけない。面白くないのだ。隠し事はよくないぜ?と袋から漂う甘い香りと寿司飯の香りに、雨彦は目を眇めて彼女を問いただしている。
「に、二個しかなかったんですよ」
「二人で分ければひとつずつ、だったよなぁ?」
「おなか、すいてたので」
「俺の好物はなんだい?」
「うぅっ……」
油揚げ、と答えて彼女は涙目になって雨彦を上目遣いに見上げた。思わずふきだしそうになった口元を咳払いで誤魔化して、雨彦はこれ幸いに、と彼女にずい、と顔を寄せて、なぁ?と問い詰めていく。
「お仕置きだ」
「うぇ!?」
何を期待しているんだ、と彼女の額に指を弾き当てて、あ痛!と押さえた彼女の手をつん、と突いて、雨彦はそうさなぁ、と逡巡する――もちろん、フリ、だ。
「まずは、その雨彦さんってのを一時間禁止しよう」
「な、えっ!?」
「あーあー、俺も食いたかったんだがなぁ、お稲荷さん」
「うーーー…雨彦さんのいじわ、あ」
「禁止と言っただろう」
ニタリ、笑う雨彦が満足気に笑い、お仕置き、と彼女の額の前で指を弾く構えを取る。
「や、あぅ、痛いのやだ」
「お仕置きってのは嫌なもんだろう?」
ぺし、と音がして彼女の額に軽く赤い痣がつく。たまらず笑い出す雨彦を恨みがましく見上げる彼女ではあったが、これもお仕置き、と半ば諦めて、極力雨彦の名前を呼ばないように、と口をつぐんだ。
「さて、ペナルティ一、だ。どうせお前さんのことだ、黙って一時間やり過ごそうなんて姑息なことでも考えているんだろう?」
「な、なんでわかるのぉ……」
「はは、これでも俺はお前さんの恋人だからな。恋人のことくらい手に取るようにわかるさ」
「うー…ずるいー……」
「自分だけいいモン食っておいてずるいもないだろう?」
それを言われてしまうと彼女としてはぐぅの音も出ない。仕方なく雨彦に従おう、と身構えて、彼女は雨彦の言葉を待った。
「さて、俺はお前さんにお仕置きがしたい」
「ダイレクト!」
言葉を選んで、と叫ぶ彼女の手を取って、雨彦はそっと彼女の指を自分の口元へと持っていった。
「え」
「次はそうだな、お前さんの指についてるかもしれないお稲荷さんの残り香でも、楽しませてもらうとするか」
「なんでそんな軽く変態っぽ、あ、え……?」
「黙るつもりだったんだろう? 今から俺が満足するまで、俺が何をしてもお前さんは一切声を発するなよ?」
目が本気だ、と固唾を呑んで、彼女はぎゅっと目を瞑った。開いてた方がいいんじゃないのかい?とくつくつ笑う雨彦の声に恐る恐る薄目を開けた彼女の細い視界、雨彦は彼女を見下ろして今まさに、あんぐりと開けた口から覗いた白い歯を、華奢な指に立てるところだった。
「っ!」
「へぇ……耐えるじゃないか、お前さん」
「……」
だが、と雨彦は軽く立てた歯でぐりぐりと、彼女の柔肉を味わうようにして優しく噛み付いた。
「ぁ、ふ、んぁ、あ――…」
「――ペナルティ、二、だな」
「?!」
サディスティックな笑みを浮かべて雨彦は、彼女の赤くなった頬を軽くつまんで引っ張った。お前さんこらえ性がなさ過ぎるだろう、と、とうとう雨彦は堪えきれずに腹を抱えて笑い出す。
「あぁ全く、お前さんというお人は本当にからかい甲斐が、ありすぎて困るな!」
「や、やっぱりからかってたんですか! 怒ってないですよね全然!」
当たり前だろう、と彼女の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でて、その程度で怒るような餓鬼じゃないさ、と雨彦は降参の姿勢で彼女の手を解放した。
「お仕置きしてみたかったのは本当だが、言うほど怒っちゃいないさ……っくく」
「も、もうっ!!」
「ああ、お前さんは可愛いな」
最後のお仕置き、と笑いながら雨彦は彼女を抱えてソファへと寝転がった。雨彦の体に馬乗りにさせられた彼女は困惑したまま雨彦を見下ろして、まだあるんですか?と不安そうに雨彦に尋ねる。
「最後のお仕置きさ。……お前さんには敵わない、もう俺を好きにしてくれ」
「す、好きに、って……」
好きには好きにさ、と万歳をした雨彦は、どうした?と彼女からのアクションを待っている。どうしていいかわからない、といった表情のまま、彼女はおずおずと体を倒して、雨彦の頬にそっと一度だけ唇を触れさせた。
「……それだけかい?」
「…………」
黙った彼女は真っ赤になって雨彦にしがみつき、耳元で蚊の鳴くような声でぼそ、と呟いた。
「今、好きにしてって、言われて一番最初に……恥ずかしい、けど……雨彦さんと、キス、したかったので……」
「あーーー……」
可愛い、と自分に覆いかぶさった彼女を抱きしめて、雨彦はたまらず呻いて、そして笑った。
「ペナルティ、チャラにしといてやるさ」
お前さんの可愛らしさに免じてな、と充足感を含んだため息をついた雨彦までもが、彼女と同じように、真っ赤になっている。これじゃどっちがお仕置きされてるのかわかったもんじゃない、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、雨彦はただただ、笑うしかなかった。