@toasdm
そうか、そういうことだったんだ。気付いてしまうと一気に恥ずかしくなるけれど嬉しい、多分、雨彦さんも今、まさにそんな気持ちだと思う。見つめ合って硬直しながら、私はここ最近の雨彦さんの怪しい行動を思い出して、すっと納得がいった気持ちになる。
結婚式までまだ時間はあるとはいえ、準備に奔走するのは結構骨が折れる。特に二人とも、仕事の合間を縫うような形で時間をやりくりして相談したり出かけていったりしているものだから。せめてもの救いは一緒に住んでいることだけど、それだって、仕事で疲れて帰ってきたらろくに話し合いもできずに寝てしまうことだってあるくらいだ。なかなかまとまらないな、と苦笑する雨彦さんだけど、そもそもの原因は雨彦さんにもあると思う。
「私、雨彦さんには絶対紋付袴だと思うんですけど」
「そうかい?」
雨彦さんはどうしても、タキシードが着てみたいらしい。なかなか話がまとまらないのは結婚式の衣装のことだ。お仕事でも着ていたし、似合うことはわかっている。ちょっと想像しただけでまだときめくし、私は何回だって雨彦さんに一目惚れできる自信がある。でも、やっぱり雨彦さんはどこか和風なイメージがあるから、私は紋付袴を推したいところ。タキシードがいい理由を聞いてみても、仕事で着てみてよかっただろう?だとか、世間様の予想を裏切るあえての選択さ、とかのらりくらりとかわして、雨彦さんはなかなか理由を教えてはくれなかった。私はどちらでもいいですけれど、と言ってはみたものの、でもやっぱり、雨彦さんの紋付袴姿は見てみたい。今日もそれらしい理由は聞き出せなかったか、と諦めて昨夜は眠った。そして、私は雨彦さんの腕枕に抱きしめられて朝を迎える――…はず、だった。
「……雨彦、さん?」
目を覚ますとそこは、誰もいないベッドルーム。いつもなら雨彦さんが、おはようさん、と私が目を覚ますまで抱きしめてくれているはずなのに。いつもあるものがない、という不安が私の足を動かして、軽くパーカーを羽織って私はリビングへと出てみる。そこにも雨彦さんの姿はなかった。気配もない。
……どことなく、雨彦さんって。気がついたらどこかへ、いなくなってしまうような、そんな儚さがあるような、気がしていたけれど。もしそれが本当だったら、なんて気持ちがむくむくと目を覚まして、私は思わず玄関に向かう。
「……外、かな?」
それも近所。いつものブーツじゃなくて、サンダルが一足、なくなっている。ほっと胸をなでおろしてから、ああ、そういえば今日は燃えるごみの日だった、と私は思い出す。きっと雨彦さんがゴミを出してくれたんだ、とそこに思い至って、私ははっとする。
「待って雨彦さん、ベランダにまだゴミがある!」
慌てて確認したベランダには昨日まとめておいたゴミがあって、ああ、言っておけばよかったと後悔しつつ、私はそれを掴んでサンダルをひっかけて外に出た。まだギリギリ間に合うはず、とゴミ捨て場に向かう私の目の先で、しゃがみこんでいる雨彦さんを見つけた。
「なあ、お前さんはどう思う?」
ゴミ袋を脇に置いて、雨彦さんは近所の猫の両脇を抱き上げて、長い猫状態にしながら話しかけていた。なんだろう、と息を潜めて私は耳をそばだてる。雨彦さん、猫に何を話しかけているんだろう?
「俺は別にどっちだっていいのさ、ただ……」
い、今私の名前、呼んでなかった?!どきりと鼓動が跳ねて、私は息をのむ。
「女子の憧れってやつだろう、ウェディングドレスってのは。白無垢も似合うだろうが、俺は……あいつを、世界で一番幸せなお姫様にしてやりたいのさ、なんてな……はは、猫のお前さんには、よくわからない話だろうな」
「っ!?」
「ん……っ!?」
私が手にしていたゴミ袋を取り落とした音で立ち上がった雨彦さんは、まだ猫を抱きかかえたまま、お前さんいつから、と顔を赤らめている。恥ずかしいところ見られちまったな、っていうけど、私だって恥ずかしい。
「……猫に?」
「言うな」
「猫にドレスの相談を?」
「言うんじゃない」
悪かったよ、と言って猫を地面に優しく置いた雨彦さんが、ゴミ袋を二つ手に持って、ゴミを捨ててから、動けなくなっている私のところへ戻ってくる。
「……お前さんこそ、どっちかいいんだ」
「ど、どっちって」
「仕事じゃないってのにお前さん、俺に着せる服のことばかり口にして、肝心のお前さんの着たいドレスだの白無垢だのは、言わなかったじゃないか」
「あ」
そういえば、言われてみれば、そうかもしれない。もうずっと雨彦さんのプロデューサーとしてやってきているものだから、ついつい、自分の事は後回しに、してしまっていたかもしれない。お前さん鈍いなぁ、と笑う雨彦さんに抱きしめられて、そこで私はようやく、雨彦さんがタキシードを着たがった理由に気がついた。
「もしかして、雨彦さんがタキシード着たいのって」
「……ウェディングドレスの隣に紋付袴ってのもちぐはぐじゃないか」
ぼそ、と耳元で、早口で。身を屈めて私を抱きしめた雨彦さんの声がする。そうか、そういうことだったんだ。
「猫は教えちゃくれなかったが、お前さんは教えてくれるんじゃないのかい?」
「……ふふ、そうですね」
二人で幸せになろう、主役はお前さんだぜ、と強く抱きしめられた腕の中、私は幸せいっぱいの胸に雨彦さんの匂いを吸い込んで、吐き出して。
「私、ドレスがいいです」
澄んだ朝の空気の中に、その願いを解き放った。