「あずましくねぇなぁ……なぁ? にゃこ……」
Pさんと[検閲削除]な夢を見て寝るのが怖くなった朱雀君がPさんの膝枕でぐっすりするお話です。
@toasdm
じっとりとかいた汗を額に浮かせて、ぜぇぜぇと息苦しそうな呼吸を繰り返して緋色の頭が布団から跳ね起きる。冗談じゃねぇよぉ、と独り言を漏らして、朱雀はその汗を拭った。冗談じゃない、誰が、彼女にそんな、乱暴なことを。
「っ俺じゃねぇ!!」
ダンッ、と拳を振り下ろした枕の感触が、ついさっきまで夢で見ていた彼女の体の柔らかさを思い起こさせて、ギリと朱雀は歯を食いしばる。ああちょうど、こんな風に……とどうしても思い出してしまう女性らしい体、甘い声、吐息、上気した頬ととろけるような表情――…夢の記憶の全てが、朱雀を苦しめる。ただの夢だろ、と相棒に一笑されたが、夢は願望を映すなんて言葉もあるらしいじゃねぇか、と朱雀は頭を抱えた。
「俺は……俺は断じて、プロデューサーさんをそんな目で見てねぇよぉ……」
にゃあ、と擦り寄るにゃこを抱えて、朱雀は苦しさと切なさとやるせなさが綯い交ぜになった感情に、今朝もまた溜め息をつく。もう三日も連続で、そんな夢を見ている。
「あずましくねぇなぁ……なぁ? にゃこ……」
北海道弁で気持ちが落ち着かない、という意味の言葉を吐き捨てて、グルグルと喉を鳴らす腕の中の猫の腹に、朱雀は顔を埋めた。
「朱雀君……?!」
「おぅ……」
覇気がない。彼の出身地とは正反対の賑やかな夏の太陽を思わせるような威勢のよさも、彼の出身地のようなおおらかさも、今日の朱雀からは見えてこない。彼女は訝しんで声をかけるが、やはり気の抜けたコーラのような返事が返ってくるばかりだ。ここ二、三日、彼の様子がおかしかったことはプロデューサーである彼女も気付いてはいた。昨日にいたっては、一蓮托生の相棒と互いの背中を預けあうユニットメンバーの玄武からも、朱雀の様子がおかしいみてぇだ、と相談をされていた。もし本人が何か言い出さないようであれば聞きだして、何か悩みでもあるようであれば解決の手助けをしなければ、と彼女は心に決めて、ソファでうなだれる朱雀の隣に腰掛けた。
「……朱雀君、どうしたんですか」
「なっ、なん、なんでも、なんでもねぇよ……」
声は上ずって、目は泳いでいる。ソファの隅で丸くなるにゃこは無反応だ。彼は、女性全般が苦手だ。にゃこが少しでも反応するようであれば控えるべきだ、と彼女はなんとなく決めていた。にゃこセンサー、と自分で名づけたそれに従って、にゃこさんが平気なら大丈夫だろう、と彼女は朱雀の顔を覗き込んだ。
「うわひどいクマ……寝てないんですか?!」
「寝たらよぉ……ダメんなっちまうからよぉ……」
いくら若いとはいえ、睡眠不足はよくない。なにか悩みがあって眠れないのか、聞いてやりたいところではあるが――難しい年頃の、男の子の話は、女性である自分が軽々しく聞いてもいいものではないような気がして、彼女はたたらを踏んだ。それよりも、何よりも。今はその寝不足を少しでも、解消してやるほうが先決だ。それなら、女性である自分にもできることがあるはず、と彼女は朱雀から少し離れて座りなおし、朱雀君、と優しく声をかけた。その声におずおずと顔を上げて、朱雀は目を見開いた。
「寝てください、朱雀君」
「な…………なに、言って」
「いいから」
「っうわ!?」
その細い腕のどこにそんな力があるのか、と言いたくなる様な彼女の腕が、朱雀の体を引き倒して膝に頭を乗せさせる。慌てふためく朱雀の頭を優しく優しく撫でつけて、彼女は休んでください、と声をかけたのだ。
「寝てないんですよね、朱雀君。何があったのかは聞きませんが、でも、アイドルは体が資本です。私にとって朱雀君は、アイドルとしても、仕事仲間としても、大事な子なんですから。時間になったら起こしますから。ね?」
寝てください、とゆったりした声と撫でる手は何よりも優しくて、柔らかくて。
「……夢と、違ぇじゃねぇかよぉー…………」
夢?と彼女が聞き返した時には既に、朱雀はすやすやと、いや、ごうごうと寝息を立てて、寝息と言うか、これは……。
「いびき、すごいなぁ……」
くすくすと笑う彼女の膝の上で、朱雀はむにゃむにゃと寝言を言う。
「やめろよぉ……俺、プロデューサーさんにこんなこと……」
それも、とんでもなく不穏な。
「大事にしてぇんだよぉ…………やめてくれよぉ……」
「どんな夢見てるんですか?!」
起こすべきか、起こさざるべきか……そもそも彼が見ているのは、悪夢なのか、それとも……。ソファの隅のにゃこが一度のびをしてから、丸まりなおしてまた眠る。
「……寝顔は、ちゃんと十六歳なんですね」
可愛い、と笑って彼女は、起こすことを諦めた。朱雀はその日、久しぶりにゆっくりと眠った。口に出すことも憚られるような夢は、それからぱったりと、見なくなった。