「…ただ道を聞くだけで随分と馴れ馴れしく、俺の女の手を掴むんだな?最近の若いモンは」
これ、まとめてたのにこちらには掲載していなかったのですね…。
@toasdm
「あれ?ゆうちゃん?」
聞き慣れない声と聞き慣れない名前に思わず振り向くと、見慣れない顔が三つ、ニヤニヤとこちらを見ている。違います、と律儀に答えてから気付く、これは人違いではなく所謂ナンパだ、と。
「ほらーやっぱ違ったんじゃーん」
「ごめんごめん、おねーさん可愛いから間違えちゃったわ」
「あれ、よく見たら最近CMに出てるあの子に似てね?!うわやっべ、超可愛いし!」
居たたまれなさに逃げ出そうとする私の手を、茶髪の男が不意に掴んで引っ張る。強引な動作に一瞬身が竦んで、やめてください、と叫ぶ声は雑踏に飲まれて、誰の耳にも届いていない。
「えーいいじゃんいいじゃん、この後暇なんでしょ?」
「そんなことありませんっ!」
「あははは、可愛いー!ねぇおねーさんいくつ?彼氏とかいんの?」
「いっ、います、待ち合わせしてるんですっ!」
咄嗟にウソをついたけれど、ナンパ男たちは引き下がる様子もなく、相変わらずニヤニヤとしているし、掴まれたままの手は離してもらえそうもない。振りほどこうとしてもやっぱり、男の人の力には敵うわけもなくて、どうしようもなくなった私は思わず涙目になる。
「俺ら今すっげーヒマしててさーおねーさん相手してよー」
「本当に困りますから、離してください!」
「つれないこと言わないでよーやべーどーしよ、俺マジでおねーさんに一目惚れしちゃったんだけど」
軽薄そうな顔に怖気立つ全身は、情けないことに恐怖に硬直してうまく動かない。誰も助けてくれない、本当は待ち合わせなんてしていないから誰も来ない。どうしよう、どうしようと頭の中でぐるぐると、まとまりきらない考えだけが廻って泣き出したくなる。
「こんなとこにいたのか、お前さんは」
限界の私の耳に、出し抜けに飛び込んできた聞き慣れた声。は、顔を上げると、男たちの向こうから聞き慣れた呼び名で私を呼ぶ頭一つ飛び出した長身――雨彦さんの顔があった。助かった、と緊張感が抜けたのを感じて、私は思わず口走る。
「雨彦さん!」
「待たせちまったな、で、こちらさん方は?」
切れ長の瞳から放たれるギロリ、と音がしそうな程に鋭い視線でナンパ男たちを睨みつけると、雨彦さんは彼らをかき分けて私の隣に立ち、さりげなく私の手を茶髪の男から振りほどいて言った。
「お前さんの知り合いかい?」
「いえ!違います、その、声をかけられて……」
「へえ……?」
「あーいや、俺ら道聞こうと、しただけっすよ、な?」
「そうそう、この辺のおいしーとことか?!」
「…ただ道を聞くだけで随分と馴れ馴れしく、俺の女の手を掴むんだな?最近の若いモンは」
私の手をぎゅ、と握りながら凄む雨彦さんの目に見えない圧力を受けて、ひっ、と情けない声をあげたナンパ男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「悪霊退散、ってとこか」
その背中に手を振って、雨彦さんがぽつりと呟いたのと同時に、私はその場にへにゃへにゃとへたり込みそうになる。
「おっと」
膝の力が抜けて腰の立たなくなった私を、雨彦さんの逞しい腕がスッと支えてくれたから、なんとか立っていられるけれど。
「すまなかった、馴れ馴れし過ぎたか?」
「いえ……ちょ、ちょっと、怖かったもので……」
実際、怖かった。落ち着いて、危機が去った今は足に力が入らなくなるくらいには。でも、それよりも。スマートに、ごく自然に私の手を振りほどいてくれた雨彦さんのかっこよさに、私の心臓はばくばくとうるさいくらいに音を立てている。俺の女、と言われたことを思い出して、私は自分の顔が熱くなるのを感じて俯いた。
「近頃はああいう輩が多くて敵わんな……偶然通りかかれて、お前さんが無事でよかった」
「っあの、本当に、助かり、ました……」
かまわんさ、と笑う雨彦さんが、腰を支えている手をそっと離す。まだ足元の覚束ない私に、雨彦さんはまた笑って、手を差し出す。
「送ってくぜ、またあんなのに絡まれたんじゃたまったもんじゃないからな」
「えっ、でも、あの……」
躊躇う私の手を優しく取って、雨彦さんは前を向く。
「…本当は」
今まで聞いたことのないような、低い、感情のない声音に思わず顔を見上げると、横顔はまるで怒っているようで。
「お前さんの手を掴んでいたあの男を、殴り飛ばしてやればよかった、と思うくらいには」
苦々しさに顔をしかめた雨彦さんは、私の手を強く握って続ける。
「腹立たしかったのさ……こんな事を言えた義理じゃないのはわかってるんだがな」
言い切った後は、またいつもの、穏やかな雨彦さんの顔に戻っていて、見たことのなかったその表情に、やっと落ち着き始めた心臓がたま跳ねる。百面相だな、と笑う雨彦さんが、ニヤリと笑いながら腰を屈めて、身構えた私の耳元でそっと囁いた。
「お前さん、本当に俺の女になってみるかい?」
「えっ?」
冗談なのか本気なのか、その表情からは読み取れなかったけれど。なんでもないさ、と私の手を引く雨彦さんの横顔をちらっと見上げて、こんなに頼もしいのならそれでもいいかな、と感じた温かいこの気持ちは、まだもう少し私の中にしまっておこう。突然のアクシデントに震えていた膝に力を入れて、私は雨彦さんについて歩いた。