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[想楽P♀]われても末に

全体公開 1595文字
2018-06-28 12:41:47

「瀬を早みー、岩にせかるる、滝川のー」

雑踏に飲まれて一瞬離れ離れになる想楽君とPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 徒歩での移動も珍しくないとはいえ、人ごみの中ではどうにも身動きは取りづらく、プロデューサーと想楽はあちこちに点在する人の隙間を縫うように歩いていた。打ち合わせ場所に指定されたカフェまでは後数百メートル、時間にして十分にも満たない距離だというのに、人並みに揉まれながら進む道のりは思いの外遠く、時間がかかっているように感じられた。ちら、と腕時計を確認する彼女の表情にはまだ焦りの色は見えず、時間に余裕を持って移動しましょうと提案してくれた彼女の手腕に想楽は感心しきりだった。
 社会人としてはきっと当たり前なのだろう、遅刻をしないだとか時間を守るだとか、余裕を持って移動するだとかいうそういった行動を、彼女は自然にやっているように想楽には見えた。自分が独り立ちして大人になったと自覚するようなことになった時、自分にもそんな風にできるだろうかと想楽は考えてみる。朝は一人で時間通りに起きられるだろうか、予想や予測を立てて先を読んで行動できるだろうか、信頼を得る為の努力を惜しまずに敬意を持って人と接することができるだろうか。
 実るほど、頭を垂れる、稲穂かな。大人になったらなんとかなるかな?詠人知らずのそんな歌を思い出しながら、想楽はぼんやりと歩いた。
「あ」
 どっと押し寄せた人々の群れが、いつの間にか彼女の声と姿をあっという間に想楽から遠くへと引き離した。待って、と伸ばす手は有象無象に遮られぶつかられ、引っ込めるしかなくなった手が虚しく想楽の元へと戻る。どんどん遠ざかる彼女に、プロデューサーさん、と思わず声をかけ想楽は、人と人の隙間に身を滑りこませながらなんとか、彼女の元へと泳ぎだす。激流にぶつかりながら肩を滑らせ足を差し込み、不安げな彼女の顔がようやく見えたところで、想楽は彼女の手を取った。
「ごめんねー、ちょっとぼーっとしてたかもー」
「すみません、私も少し、のんびりしすぎて……
 ほっ、と胸を撫で下ろした二人はそこで、自然に繋いだ手に気付く。あ、とその手を離そうとした彼女の柔らかな手を、想楽はそっと握りしめながらぽつりと呟いた。

「瀬を早みー、岩にせかるる、滝川のー……
「われても末に、逢はむとぞ思ふ……崇徳院ですね」

 知ってたんだー、と意外そうな顔で彼女を見下ろしながら、想楽は人波に再び漕ぎ出していく。繋がれたままの手に、あの、と声をかけてくる彼女に想楽は、ゆったりとした口調のままで答える。
「だって、また離れ離れになったら困るでしょー?」
「じゃ、じゃあさっきの崇徳院の和歌は」
 和歌の意味を問う彼女に、想楽は再び目を丸くして、意味も知ってたんだねーと感嘆の声を上げる。
「だったらさー、どういうつもりで手を繋いだのかも、わかりそうだけどー」
「あ……う、え?!」
 そうそれは、恋の和歌。岩にぶつかって二筋に分かたれた川の流れが、後から元のひとつの流れになるように、たとえ離れ離れになってしまってもまた、必ず逢おう――。そんな、恋の和歌だ。
 われても末に。先ほど分かたれた想楽と彼女とが再び出会って、そして、手を繋ぐ。そこに込められた意味なんて、そんな、まさか。
「面白い顔になってるねー」
……か、からかわないでくださいっ」
 にやにやと彼女の顔を覗き込む想楽の態度から、彼女はやっと自分がからかわれていたことに気付く。まあ、また離れ離れになって迷子になっても困るしねー、といつもの調子でのんびりと歩く想楽は、繋いだ手はそのままに、親指で彼女の手のひらをくすぐる。
「わ、ちょっ、あの!」
「ふふふ、手を離しちゃだめだよー」
 反射的に引きかけた彼女の手をぎゅっと握って、想楽は鼻歌でも歌いだしそうな勢いでもう一度、和歌の上の句を詠んだ。

「瀬を早みー、岩にせかるる、滝川のー」

 真っ赤になった彼女からは、下の句の返りはなかった。


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