@akirenge
【風邪引き悪化マスターと貴銃士達 中編】
その轟音をブラウン・ベスが聞いたのは、朝からいつものようにケンタッキーと部屋で喧嘩をしていたときだった。
宿舎の自室はアメリカ独立戦争のくくりで纏められたシャルルヴィルやスプリングフィールドと共に使っている。
「……壁でも、壊れたのかな」
「下からだよね」
ケンタッキーと喧嘩をしていたけれども、黙って、スプリングフィールドとシャルルヴィルが言う。
「まさか、マスターの部屋から……?」
「マスター!!」
怪訝そうにケンタッキーが言ったときに自分も同じ結論に達した。部屋のメンバーを放って置いてブラウン・ベスは部屋を出て、
慌てて階段を降りて、そして、
「フルサトさん、レオさん。マスターのことをよろしくお願いします。ベス君、俺たちはドアを修理するから」
「ありがとう。シャルちゃん」
「……マスター……」
シャルルヴィルの声が遠くに聞こえる。すぐ側で話していると言うのにだ。ブラウン・ベスはマスターに注視していた。
部屋から椅子を持ってきて、側で待機をしている。ベッドの上のマスターは右腕に点滴の管を刺し、治療を受けている。連日の戦闘の疲れが出たのだ。
戦場ではメディックとしてレジスタンスのメンバーを治療するほかにも、貴銃士に対しては特殊な治癒能力を使い彼等を回復させることが出来る。
マスターの治癒能力が無ければ勝てない戦場だってあった。
フルサトがシャルルヴィルをねぎらっていた。
「安心したまえ。マスター君は適切な治療を受けた。休み続ければ回復する」
レオポルトに励まされた。首肯する。
改めてブラウン・ベスはマスターの部屋を確認する。分厚いカーテンで隠されていた窓はカーテンが開けられていた。
部屋全体を照らすトルコランプは電気を落としていて今は太陽の光だけだ。窓を開けているのは、カーテンが分厚すぎてしめると
とても部屋が薄暗くなってしまうからである。
アリ・パシャが部屋に侵入するために破壊したドアや巻き込まれた家具は取り除かれ、部屋にはフルサトとキンベエの部屋から持ってきた
木製の衝立を置いてある。取れてしまったドアの代わりだ。
「気付くのが、遅かったら、って……」
医療班リーダーであり、爺さんやドクターと言われている男が話した言葉をブラウン・ベスは反芻した。
部屋にたどり着いたベスが見たのはベッドで苦しそうにしているマスターと濡らしたタオルを彼女の額に当てていたレオポルトだ。
アリ・パシャがマスターの体調不良を気にして、部屋を訪ねたらドアに鍵がかかっていて肝心の鍵を持っているグランバードが居なくて、
絶対高貴を発動させてドアを蹴破ったらマスターが倒れていて、そのマスターが戦勝祝いのおはぎを作ろうとしていて怒った彼が
マスターをベッドに押しつけている状態のところをカールとレオポルトが来てアリ・パシャを引きはがしてから、二人でマスターを
治療が出来る範囲でしてからカールが食堂に知らせに言ったという。
殺人未遂にみえたよとはレオポルトは話していた。
「パシャちゃんはぶっきらぼうさんだけど、きちんとみんなを見ている子だもの。壊れたドアはキンちゃん達が直してくれてる。
マスターも今は体を休めている最中、時期に良くなるわ。だから、安心シテ。ベスちゃん」
ブラウン・ベスの肩にフルサトが手を置いた。ベスに部屋に残れと言ったのは、他のアメリカ独立戦争のメンバーだ。
治療の道具が足りていたことも幸いしたと言うか、戦い続けるために食料や医療品、医薬品は充実させるようにしているのだと聴いていた。
(マスターの部屋……)
スプリングフィールドとケンタッキーは他に手伝えることをすることにして部屋を出た。
マスターの入るのは初めてだが、イギリス風とアメリカのカントリー系のものやら、さらにはオスマン系の家具も入っていた。
スプリングフィールドが絨毯やランプを珍しがっていたし、ケンタッキーも謎の生き物の飾りを気にしていたり、ドアに押しつぶされた
キャビネットはイギリス風のアンティークだったが、中に入っていたグラスやティーセットはオスマン系と言ったものだった。
ベッドの側にはドレッサーがあり、ストーブコンロや執務机もある。
壊れた家具は軍手を付けたシャルルヴィルやキンベエが慎重に取り除いて、ガラスの破片はシャルルヴィルが箒とちりとりで取り除いていた。
「素敵なお部屋。色々なモノが混ざっているワ」
「グレートルが話していたが、家具を買い足していったときにこうなったらしいね」
ブラウン・ベスとしては”落ち着かない”部屋だ。フルサトは素敵と話しているが、
ぎりぎりの統一感でバランスが保たれている。レジスタンスの資金はかつかつだが、家具関連については資金のアテがあったらしいし、
部屋を整えているのはマスターにとっての居心地の良い空間を作ることで休みやすいようにしていたのだろう。
眠っていたマスターが身じろぎし、軽い咳をした。点滴が効くまでは時間がかかる。今日一日、ブラウン・ベスは休みであり、休みの間はマスターに
ずっと着いているつもりだった。寝ているマスターに小さな水差しでハチミツ入り紅茶を飲ませた。
「……水分をとり続けさせて休ませれば……」
水分関連は補充した物資の中に経口補水液があったし、ハチミツは殺菌効果とかでケインが進言して共に紅茶を淹れた。
紅茶の葉についてはレオポルトもアドバイスをくれた。マスターは良くなる、それまでは着いていなければとブラウン・ベスは決意した。
おはぎにしろ、餅にしろ、必要なのは餅米を炊くということである。
これは餅米だけで炊くか白米と合わせて炊くかでも変わってきたりするのだが、餅米を炊くことに関してはヒデタダ任せであり、
主役であるゲベールは待機状態であった。待ちぼうけをしていたら、スナイダーにぼんやりしているな馬鹿かと挑発され、乗りそうになっていたところ、
ユキムラが知らせを持ってきたのだ。
「マスターが……倒れただと!?」
「昨日から様子がおかしかったって、で、アリ・パシャがドアを蹴り破って発見してそれからみんなで治療中。戦勝記念はそのままやるってよ」
「……準備をしていたのはマスターだろう……そのマスターが倒れた状態でやるのか」
「準備はしちまってるしな。調理したもんは食わねえと。おはぎはまた作る分だけはあるし、餅は保存が利くから完治したら食べれば良いってさ」
レジスタンス支部の一角でユキムラが情報をゲベールとスナイダーに伝えた。一触即発の雰囲気はユキムラによって破られ、それどころではなくなった。
「弱いな。マスターは。体調管理も出来なかったのか」
「何だと……!?」
「体調管理とかしっかりしてても、倒れる時は倒れちまうって。特に連戦ばっかだしさ。すげーのはアリ・パシャだぜ。咳で気付いてよ」
スナイダーの挑発めいた言葉にゲベールがくってかかろうとするが、ユキムラの言葉に黙った。連戦ばかりというのは確かだ。
メディックであり、貴銃士を回復させる力を持つマスターは戦場に必要だ。
アリ・パシャと聴いてスナイダーが眉を上げた。
「アリ・パシャは黒い奴だな」
「そういうとマフムトと被るだろ」
「全体的に黒い奴だな」
「なら、区別がついてるぜ!! あっちは白いからな。アリ・パシャはカールとマルガリータとエセンとケンタッキーとローレンツで追加の仕事に行くし、
アイツ、なんだかんだでマスターのこと大事にしてるよな!!」
ユキムラがスナイダーと話しているのをゲベールは眺めていたが、スナイダーが不機嫌になりつつあることを感じ取っていた。
追加の仕事と言うことは追加の任務か、戦闘か。ゲベールは余りアリ・パシャと話さないがカールと言い、貴銃士の中では目立つ奴だ。
「黒い奴がドアを蹴り破ってマスターを救出したんだな」
「おう。ドアは修理中だ!! 頑張って直してるぞ」
スナイダーはユキムラの言葉にしばらく黙り込み、やがて、
「――ならば、今度、同じようなことが起きて、マスターが起きてこなければ、黒い奴の代わりに俺がドアを心銃で破壊すれば良いか」
「おい、待て!! どうしてそんな結論になるんだ。お前!!」
「あの古銃よりも俺は出来ると言うことを証明するには丁度良い。今回は出し抜かれたが、今度は……」
蹴破るでは無く心銃である。心銃、それは貴銃士が絶対高貴時に使える力だ。ドアなんて簡単に吹き飛ぶどころかドアとして残らないかも知れない。
あの古銃とアリ・パシャについて呼んでいた。
「出来るって事は心銃使うってことじゃねえだろう。蹴破るぐらいにしておけよ!!」
「蹴破るなんて芸が無い。マスターがそれで俺の実力を認めると想っているのか」
「その結論、おかしいだろうが!!」
「スナイダーもマスターが心配だったんだなー。心配するなよ。おはぎと餅を食ってから、後でみんなで見舞いに行こうぜ」
「……そうだな。マスターの見舞いに行かねえとな」
心配の一言で片付けたユキムラに誘われ、ゲベールは後にマスターの見舞いに行くことにする。マスターは燻っていた自分を見捨てずにいてくれたヒトだし、
気を遣って、おはぎの代わりにと白玉団子を作ってくれたり、そして戦勝記念だし、材料も手に入ったとおはぎを作ろうとしてくれていた。
おはぎを食えとは言われているし、マスターがせっかく自分に作ろうとしてくれていたもので、マスターの意志を引き継いで作ろうとしてくれている者も居る。
それを無下にできるゲベールではない。
「エンフィールドはバイトだが……奴も帰ってきたら行くだろうな……しかし……マスターがまた倒れられたら困る……俺の部屋で拘束しておくべきか……?」
「だからお前の発言はなんでそういちいち物騒なんだよ!? やったらやったでマスターを取り返しにいくからな」
「――そうなれば、きっと黒いのも三つ編みも金髪も……メガネも来るか……そうしたら……」
エンフィールドはスナイダーの兄であり、今日はホテルのバイトでいないが、帰ってきてマスターの様子を聴いたら彼もすぐに見舞いに行きそうだ。
話が逸れたかとすればまた別の方向に飛んでいく。ドアの破壊から今度は全面戦争未遂に突入しようとしていた。
ぐちゃぐちゃになったガラス戸のキャビネット、粉々になってしまった姿見、キャビネットは小さなテーブルの上に置かれていたが、テーブルはかろうじて無事。
蹴り飛ばされたドアによって押しつぶされたのだ。ドアもドアで鍵が壊れていて別の場所で修理中。
それらはレジスタンス支部の修理所の近くの余った木箱にいくつも押し込められた。
「ますたーの命を助けるための尊いぎせいです」
「全くですね。蹴破ったのは正解でした」
「片付けたの。俺とキンベエさんなんだけどね……置物は何とかなりそうだけど、グラス系は無理かな。壁は無事だった」
エカチェリーナは隣にいるラップと意見を同じとした。両手に軍手を付けたままのシャルルヴィルが腰に手を当てている。マスターが風邪の悪化で倒れたと言う知らせは、
レジスタンス支部中に広まっている。というか、広めた。情報共有は重要だ。キャビネットにはオスマン系のコーヒーカップとソーサーやグラスが収まっていたが、
殆どが割れている。絶対高貴によって蹴られたドアによって潰されたのだ。
散歩をしていたエカチェリーナはシャルルヴィルが発掘作業らしきものをしているのを発見、興味本位で近づいてみるとそこにラップも来たのだ。
「きらきらして宝石みたい……オスマンのグラスは綺麗ですね。ますたーも素敵なものが好きなんですね」
「家具はでも買い直さないといけないけど、アリ・パシャさん、弁償するのかな」
「別にアイツが弁償をしなくてもこれは良い機会。ますたーのお部屋をもっと可愛らしくするんです! 聴いたところに寄ればますたーの部屋は謎の部屋だと」
「イギリスとアメリカとオスマンがぎりぎりバランス良く配置されている部屋だったんだけど、スフィーは珍しがってた。部屋の明かりがトルコランプだから部屋自体が変わった雰囲気だし」
シャルルヴィルが慎重に木箱の中身をあさり、キャビネットに入っていた置物を取り出していく。これもオスマン系だ。
マスターの部屋の明かりであるトルコランプはモザイクランプとも言う。
中に透明なガラスが入っていて、硝子や鏡やビーズを職人が一つ一つ貼り付けて石膏で固めていて、どれも世界に一つしか無い。
「陛下もマスターの見舞いに行こうとしていましたが、落ち着いてからと制止をかけておきましたよ。聞くところによれば、状態は酷いようですね」
「治療はしてるから。良くはなるって、爺さんが……。本当に良かったよ。……これ、駄目だな。割れてる……これも駄目だし」
ラップと話ながらもシャルルヴィルはキャビネットに収まっていた置物を取り出していく。不格好なネコの小さな陶器製の置物があった。
巻き込み事故に遭ったキャビネットの上に置いてある金色の鳥籠も取り出す。
青いフクロウらしい硝子の置物は割れてしまって飾れないし、壁際に飾られていたであろう手書きの陶器タイルは粉々だ。
「カーチャ、探しましたよ。ラップも居ましたか。シャルルヴィル……手伝いましょうか?」
「アレクサンドルさん。手伝いは良いよ。一人で出来るし」
「戦勝祝いの方は餅付きをこれから始めるようです。餅米は炊けたようなので、これからおはぎを作りますね」
使えなくなってしまったものが増えていく中、アレクサンドルがやってくる。本日の支部のメインは戦勝祝いでおはぎと餅だ。どちらもエカチェリーナは知らない。
マスターが準備を頑張っていたことは知っている。
「それでマスター関連についてなんですが、少々問題が」
「問題……どんな問題なのですか? アレク」
問題と話され、シャルルヴィルとラップの意識がアレクサンドルの方に行く。エカチェリーナが問うと、アレクサンドルが言いづらそうにした。
「……マスターの寝間着が足りないと……もう一着がその……ワンピースタイプらしくて……フルサトさんの普段着などで凌いで今日一日は何とかなるらしいのですが」
「つまり、着替えが最低限しか無いと言うことですね。アレクサンドル」
ラップが纏めて、そうです、とアレクサンドルが言う。マスターもそこまで服は持っていないというか、着回しの効く服を何着か買ってそれを着ているタイプだ。
今のマスターは汗だくになりやすい。ワンピースタイプで寝るとさらなる風邪を引きそうだ。
アレクサンドルがその情報を知ったのは、洗濯が終わったマスターを着替えさせたおばちゃんと逢ったからである。
「そうだよね……汗だくだよね。マスター……ワンピースタイプの寝間着マスターは可愛いって想うけど、着てたら風邪が悪化する……」
「今回の物資不足はある意味の緊急事態ですね」
家具もそうだが、服の問題も出て来た。今日の天気は晴れで洗濯物は干しておけば乾くとは言え、服は多すぎても困るが少なすぎても困るのだ。
「入院着も物資の中にはあるらしいのですが……」
「ますたーはそれを嫌がります! 前に物資のほじゅうをしていたときにすこしだけ、嫌そうなかおをしていたんですし、おしゃれじゃないです!」
「おしゃれは求めなくても良いとは想いますが、嫌がるならやめた方が良いでしょう」
「アレク! これからますたーのおようふくとそして、家具もみつくろいます」
「資金は、資金はどうするんですか。カーチャ!?」
エカチェリーナは覚えている。医薬品の補充をしていたときに入院着を取ったマスターの顔がやや嫌悪感があったのだ。
ラップが判断を肯定しつつ否定しているところは否定しているがエカチェリーナの心は決まった。
「……陛下がこのことを知ったら余計に……いえ、もう知っていると想って行動しますか」
「ラップさんが諦めた……俺は仕分けしてるから! アレクサンドルさん、ラップさん……頑張って……」
アレクサンドルとラップ、影ながらそれぞれに苦労している貴銃士達をシャルルヴィルはねぎらう。
大抵の場合、未来というのは騒ぎとなってやってくるものなのだった。