@ayame0601s
「よぉ。久しぶりだな」
電話越しに、鶴丸が私の名を呼ぶ。
その声は、今まで聞きたくてしょうがなかったものだったのに、あまりに唐突な事で、言葉が出てこなかった。
まさか、かかってきたのが鶴丸からだったなんて。想像もしていなかったし、心の準備も出来ていない。
彼と、話す事。
一ヶ月前から何度も何度も頭の中でシミュレーションしていた言葉は、この予想外な出来事に頭から全て消え去ってしまった。
「おーい、聞こえてるかい?」
鶴丸が問いかける。そこでやっと我に返った。
「あ……もしもし」
「お。ちゃんと繋がってるな。俺だ、俺」
「……てっちゃん?」
「ん、そうそう。なあ、金を貸してほしいんだが」
「あいにく、うちに息子はいませんし貸せるお金もありません」
「ははっ。良かった、元気そうだな」
電話の向こうで、鶴丸が軽やかに笑う。それは、全く変わった様子がなかった。いつもの彼だ。まるで、音信不通だったこの一ヶ月間が嘘のように、至って普通。
咄嗟に冗談を飛ばせた自分にも驚いた。
思わず面食らいながらも、張りつめた緊張はほんの少しだけ緩んだ気がする。
「変わりはないかい?」と、鶴丸はのうのうと言う。
変わりがない、なんて事はない。この一ヶ月間、心配で心配で、どれだけ心を乱されたかと。それは、彼は知らない事だろうけれど。
「変わりは、あったよ。ありまくりだよ」
「ん?」
「鶴丸と、連絡が取れなかった。全然。すごく心配した。大丈夫だったの? ……一体、どうしたの」
つい、捲し立てるような言い方をしてしまう。
責めるつもりはないのに。彼が無事で、嬉しいはずなのに。
今まで心配でしょうがなかった気持ちが、彼の無事を懸念していた想いが、堰を切ったように溢れ出す。
「連絡くれてたのか」
「うん」
「そうか。すまない」
「……ううん、ごめん。責めるつもりはないんだ。ただ、心配で」
「連絡を、取れなかった。色々あってな」
その「色々」という単語にどきりとする。ふいに、あの兄弟が脳裏に浮かんだ。
だからかすぐに返事ができず、一拍分、間を開けてしまった。
「今は、光坊の所に世話になってる」
鶴丸は私の様子を気にするでもなく、話を続ける。「光忠?」無意識に、彼の名を復唱する。彼は、鶴丸の行方を知らないと言っていたけれど。一体いつから、光忠と鶴丸は一緒にいたのだろうか。
「自分の携帯は、壊れちまって」
「そうだったんだ」
「なあ、直接話したい事があるんだが、時間取れないかい?」
恐らくこれが本題だろう。体が、身構えるように硬直する。
鶴丸と、直接会って話す──それは、こちらにとっても願っていた事だ。
断る理由なんてないのに、今になって怖気づき始める。
「うん……私も、話したい事があるんだ」
何度も思い描いていたシミュレーションを、頭の中で再生する。
声が震えないように気を付けながら、鶴丸と会う約束を取り付けた。
*
その日は、朝からよく晴れていた。
カーテン越しに差し込む光は、寝不足の身によく染みる。
昨夜は早めに床についたものの、全く眠れなかった。緊張のしすぎだ。
起きて、顔を洗って化粧をして。居間でいつも通り朝食を食べ、いつも通り仕事へ行く準備をする。そしていつも通り家を出て、兄弟の兄の方に送ってもらい、道中は他愛ない話をして、いつも通り職場へ出向いた。
「仕事頑張ってね。また迎えに来るから」
そう言った髭切にお辞儀をし、彼と別れる。
ここまでは、いつも通り。けれどここからが、日常とは違ってくる。
職場へ行けば、同僚の驚いた顔が視界に入った。
「あれ、今日は有休では?」会う人会う人にそう問われ、その度に「午後からの予定だから、それまで仕事しに来た」との旨を伝えた。
誰もが、変人を見るような顔を私に向ける。わざわざ休日に、と、顔に書いてある人もいれば、実際口にした人もいた。
私もそれに同意したい。けれど正直なところ、今は職場で仕事をしていた方が、気が紛れて助かるものがある。
鶴丸との約束は、今日の昼だった。
彼と日程を合わせる時、最初、私の休日はどうかと問われた。けれど今の状況、私はあの兄弟の監視下にいる。送り迎えをして貰うほどの身になり、鶴丸の名前が出たあの日から、私一人でどこかへ行くという行動に敏感になっているはずだった。その理由から、仕事終わりに鶴丸と会う事も叶わない。
唯一残された時間は、仕事中のこの時間だけだ。
行きはいつも髭切に見送ってもらい、帰りもまたしかり。
チャンスはその合間しかない。有休を貰っておけば、ある程度自由に動ける。
いつ私が有休を貰うかなんて、いくらあの兄弟でも把握していないだろうし、仕事しているであろう日中も、私を監視するほど暇じゃないはずだ。
ただ、あの兄弟ならやりかねない所もあるし、日中ばったり会ってしまう、なんて可能性もあるのだけれど……そこは本当に神頼みしかない。
そういった理由から、今日という日になった。
約束の時間が近づき、仕事を切り上げてロッカーへ向かう。あらかじめ用意しておいた洋服に着替え、大きく深呼吸した。
結局、仕事はほとんど手付かずだった。鶴丸と会うのに、こんなに緊張した事があっただろうか、いや、ない。と、普段使いやしない古文の反語を思い浮かべてみる。
そんな事をしても全く気は紛れず、緊張で胃が痛くなりながらも、約束の場所へ向かった。
約束の場所は、駅前だった。繁華街で人が多く行き交うその場所は、そわそわと落ち着かないものがある。
もしかしたら兄弟に見つかるかもしれないという不安が、胸の中で渦巻いていた。鶴丸の姿を探しながら、あまり挙動不審にならない程度に、辺りを見回す。
早くこの、人目につく場所を離れたい。鶴丸の容姿は目立つため、来たらすぐ分かるはずだ。
彼のあの、色素の薄い髪色を探す。生まれつきというその色は、まるで外人のように色が抜けていて、この日本社会では遠目でも目を引くものがあった。
約束の時間まで、もう少し。けれど一向に彼の姿が見当たらない。
そんな中、視界の端で誰かが近づく気配がした。ハッとしながらそちらを向くも、見知らぬ人のため視線を外す。黒髪は、鶴丸でもあの兄弟でもない。そう思い──ふと感じた違和感に、再び視線を戻した。
近づくその人は、私を見ると口角を上げる。
「よっ。待たせたかい?」
その声は、先日電話で聞いたもので。その整った顔は、大学の頃から知っているもの。
しかし視界に映った黒い髪は、私の知らないものだ。
よく見ると、光の当たり具合で、少し青みがかって見える。
「おいおい、顔、顔! 口開いてるぜ」
いい反応だなぁ、と鶴丸はケタケタ笑う。指摘された口を意識して閉じて、本当に鶴丸なのか、確認するように眺めた。
彼の長い襟足はマフラーに隠れ、髪色も違えば、いつもの雰囲気とは随分変わって見える。
「え、え……? どちら様?」
「どちら様って、この前電話したろ。てっちゃんだ」
「ああ、てっちゃん……は、もういいんだけど、髪の毛どうしたの?」
「おい。きみから振ってきたくせに酷いな」
そう言って、鶴丸は口をへの字にする。けれどその後すぐに、「これは光坊に染めてもらった。なかなか似合うだろう」と茶目っ気に笑う彼は、いつも通りだった。私とのやり取りも、いつも通りだ。
瞳の色は元々の琥珀色のままで、黒髪でも他とは異彩を放っている。
見慣れないその姿は、知らない人のように見えた。
「あまり見つめないでくれ。穴が開いちまう」
「あ、ごめん。その色、ただの黒?」
「ん、これか? 確かブルーブラックだとか何とか言っていた気が」
かっこよく決めたいよね! 咳払いした後、鶴丸はドヤ顔で光忠の真似をする。長年の付き合いだからか、あのよく通る低い声色すら似せてくるものだから、思わず吹き出してしまった。
「すごい、結構似てる」
「練習したからな」
「したんだ。成果出てるね」
「本人のお墨付きだ」
「あはは、そっか。鶴丸、元気そうだね。安心したよ」
「きみは、少しやつれたな」
まさか、そう言われるとは思ってもいなかった。不意を打たれ、どきりとする。
鶴丸は何か言いたげに唇を薄く開けるも、結局その口を閉じ、苦笑に変えた。
「そろそろ行くか。行きつけの店を予約してある」
そう言って、彼は手を差し出した。
「……。……え?」
思わず、間の抜けた声が出てしまった。こちらへ出された手と、鶴丸の顔を交互に見やる。
鶴丸は口の端を上げ、肩を竦めてみせた。
「お手を、どうぞ」
「え、待って、どうしたの?」
「きみをエスコートしようと思って」
エスコート。頭の中で反芻し、意味を確認する。鶴丸に返事をしようとするも、言葉が出てこなかった。
目の前の人は、一体誰なのだろう。鶴丸と私は、手を繋ぐような仲ではない。
彼はさりげない気遣いの出来る人だけれど、傍から見て誤解を招くような事はしない。恋人でないのに、手を繋ぐような事はしない。その見た目があるからか、彼は軽いと思われる行為に、人一倍気を遣っているようだった。
髪色の違うこの人は、別人なのだろうか。
何気なく、差し出された手を見つめる。人差し指に、シルバーの指輪。すらりと長いその指に、銀色がよく映えている。
十字架のネックレスは知っていたけれど、彼は指輪をつけるような人だっただろうか……そんな事をぐるぐる考えていれば、苦笑と同時に、名を呼ばれた。
鶴丸の手元から、視線を上げる。
「俺と手を繋ぐのは、嫌かい?」
その声色は、どこか含みを持たせたものだった。
一文字一文字、重みをかけたその問いかけ方は、言葉以上の何かを窺うかのようなもの。私を真っ直ぐ見下ろす瞳は、私の中の何かを、見透かそうとしている。
試されている──直感的に、そう感じた。
心臓が、緊張し始める。ときめきからではなかった。どこか異様な雰囲気に、落ち着かない気持ちになる。
鶴丸の右手に視線を戻し、ゆっくりと、自分の右手を重ねた。
「……気持ちは嬉しいけど、何だか気恥ずかしいよ。はい、握手」
努めて明るく言いながら、握った手を大袈裟に振る。骨張った手は男性のそれで、ふと、髭切に手を繋がれた事を思い出してしまった。
こんな時に、なぜ……。紛らわすように、その思考も振り落とすように、握った鶴丸の手をもう一振りする。そして、ゆっくり彼から離れようとした。
しかし、握る彼の手に、力が入る。
離そうとした手は、その場に留まる。咄嗟に見上げれば、こちらを窺う瞳と、視線がかち合った。
鶴丸は、じっと私を見つめる。
まるで私を見定めるかのようなそれは、先ほどから緊張感を煽るもの。
彼は私の中に、何を見つけようとしているのか。
受ける視線は居心地の悪く、息苦しさを感じるほどだった。
「鶴丸……」
何を言っていいのか分からなかった。鶴丸が何を考えているのか、読み取れない。言うべき言葉が見当たらず、ただ彼の名を呼んだ。
私を注視していた鶴丸は、その目元を緩めると、溜め息を溢すように笑った。
「……すまない。これじゃあエスコートも何も、些か強引だったな」
いやー慣れない事はするもんじゃないぜ、と軽快に笑う彼は、いつもの表情だった。
しっかり包まれていた手はほどかれ、静かに離れていく。
「そろそろ行くか。腹減ったな」
「あ、うん」
何事もなかったかのように鶴丸は歩き出したため、私もそれに続いた。
彼がわざわざ、直接会って話したかった事。
先ほどの、何かを試すかのような行為。
違和感が胸の奥に居座ったまま、何も言及する事が出来ず、鶴丸の後をついていった。
連れてこられた先は、この辺りで有名な高級ホテルだった。街中に位置するも、都会の喧騒を忘れるような、リゾート地をモチーフとしたホテル。
一階はカフェ&バーを備えていて、宿泊客以外でも利用できる事は知っていた。けれど、如何せん高級なのだ。上流階級しか来られないようなそこは、私には無縁の場所だった。
まさか、ここでは──入り口で躊躇う私をよそに、鶴丸は何ともないように進んでいこうとする。
「ちょ、ちょっと待って」
思わず、制止をかける。鶴丸は不思議そう振り返った。
「どうした?」
「いや、あの、ここ?」
「ああ、そうだが」
「私、今日そんなに手持ちない……」
語尾はだんだん弱々しくなってしまった。
平然と入ろうとする鶴丸は私の同級生で、けれどひどく遠い存在に感じた。この場所の平均価格が予想できず、もう少し余分に持ってくるんだった、と、財布の中身が心配になってくる。
「今日は、俺の奢りだ。心配かけた詫び、という事で」
そう言って、鶴丸はわざとウィンクしてみせた。悪戯っぽいその仕草は、他人に気を遣わせまいとしている時の癖だと、私は知っている。
私が口を開くより先に「きみに拒否権はありません」と、これまたわざとらしく敬語で言いながら、中へと足を進めていった。
こうなったら、何を言っても聞いてくれない事も、知っている。仕方なく、どこか怖じける気持ちを抱えたまま、彼の後についた。
中へ入ると、案内係の男性が出迎えてくれた。彼は鶴丸を見ると、一瞬目を丸くし、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「お待ちしておりました、五条様。雰囲気が大分変わられましたね。黒髪も素敵です」
「ああ、ありがとう。イメチェンってやつだ。今日は世話になる」
「お席までご案内致します」
丁寧な口調とお辞儀で迎えた彼は、鶴丸の事を知っているらしい。鶴丸も、彼に対して気さくに話している。
このやり取りだけで悟ってしまった。さすが行きつけというだけあって、どうやら鶴丸は常連客らしい。
「こちらへどうぞ」という誘導に従って、中へと足を踏み込む。店内は、まるで別世界のようだった。
まず視界に入ったのは、吹き抜けのウォーターテラス。太陽の光が反射する水面に、思わず目を奪われる。
そのウォーターテラスを囲むように、テーブル席やソファー席が配置されている。花や植物に囲まれ、開放的なこの空間は、まるで海外のリゾート地へ来たかのような錯覚を起こすほどだ。
あらゆる物に目移りする私に対し、鶴丸は案内人と会話を交わしている。それからしても、彼はこの場所に慣れている事が窺えた。
案内された先は、個室だった。こぢんまりとしつつも、洗練されたお洒落な空間。
個室という事はつまり、周りから遮断されるという事。周りに聞かれたくない話でさえ、出来るという事で。
それは私にとっても有り難い筈なのに、鶴丸がわざわざここを予約したという事実に、体が緊張し始める。
彼は何を話すつもりなのか考えると、胃が痛い。
「ごゆっくりお過ごし下さいませ」案内人はそう言うと、静かに去っていった。
閉ざされた空間に、鶴丸と二人。
彼と二人で飲んだりする事はよくあるのに、この尋常じゃない緊張感は、今まで感じた事なんてなかった。
「なかなか良い所だろう」
鶴丸は普段通りに話し始める。
コートを脱いだ彼は、白いタートルネック姿だった。それがまた、彼の黒髪を目立たせる。
タートルネックの上から、いつもの十字架のネックレスが、反射した。
「鶴丸は、よく来るの?」
私も上着を脱ぎながら、何気ない風を装って会話する。そこでふと気づき、ぎょっとした。
私も、鶴丸と同じ白のタートルネックだったのだ。
「……」
「……」
お互いがお互いの服装を凝視する。そして吹き出したのは、鶴丸だった。
「ははは! すっごいなぁ。ペアルックだ」
言った後、鶴丸はにやっとしてみせる。
「きみ、今日は随分、俺を意識してるな」
「え。な、ちが、これはたまたま」
「そうかぁ? それにしては、ずっと落ち着かない様子じゃないか」
言いながら、鶴丸は椅子に座る。その様子を、ただ見守る事しかできなかった。
席についた鶴丸は私を見上げると、その目元を細めた。
「きみは、すぐ顔に出る」
その一言は、肝を冷やすに充分すぎた。
まるでここから先、嘘は一切通用しないと、牽制をかけられているようで。
「そうかな。ポーカーフェイスは得意と自負してるのに」
わざと拗ねるように言えば、鶴丸は声を立てて笑う。それに対して、失礼だな、と、いつもなら返すはずだった。
けれどその返しが出来ないほど、内心では確かに動揺している。
「さっきの質問だが」私も席につくと、鶴丸は思い出したかのように口を開いた。
「ここへは、仕事の関係でよく来るんだ」
「接待とか?」
「まあ、色々だな。雰囲気がいいだろう。料理は絶品だし、酒も美味い」
つい忘れそうになるけれど、鶴丸は一組織をまとめる社長なのだ。そう考えれば、こういう場所が行き付けでも、おかしくないのかもしれない。
それからは、料理が来るまで他愛ない話をした。
お互いが、敢えて核心に触れないようにしている。
ここの料理はこれがオススメだの、新しく変わったコックがイケメンだの、それがまた料理上手だの。
ほとんどここの情報だったけれど、今から食事する前情報を教えてくれるのは、間を持たせる意味も含めて有り難かった。
鶴丸は予め、料理も予約していてくれたらしい。サラダとスープが運ばれ、パンが運ばれ。その間も、鶴丸は一向に本題を話そうとしない。いつ話すのかと気持ちが落ち着かず、味なんてほとんど分からなかった。
食事中は、話さないつもりなのだろうか──そんな事を考えているうちにメインディッシュが運ばれてくる。和牛のステーキだった。お昼からなんと贅沢な、と思わず息を呑む。
「肉、好きだろう?」
鶴丸が、したり顔で言う。大学時代を共にした友人は、さすがよく分かっていらっしゃる。
「うん。でも、こんなに高級なのは滅多に食べられない」
「俺も、経費で落とせなきゃ食べられない」
鶴丸は笑うと、ステーキにナイフを入れた。私も彼に習ってフォークとナイフを手に取る。野菜とソースの盛り付け方もお洒落で、妙に緊張してしまう。
フォークで押さえ、ナイフを入れた途端、じわりと肉汁が滲み出た。中で閉じ込められていた旨味が、溢れ出す。その光景に、緊張していたにも関わらず食欲をそそられた。
ソースを絡め、口に運ぶ。どれだけ美味しいものなのかと、期待に胸を膨らませていた。
しかし口に含んだ途端、感動よりも、違和感が先行する。
口いっぱいに広がった味は、やたらとちぐはぐなもの。
肉自体は柔らかく、確かにいい素材なのだろう。しかし、ソースがそれを邪魔していた。もしかしたら、肉にも味がついているのかもしれない。
表現し難い、まるで口の中で喧嘩をしているかのような味だった。それはなかなか、美味しい、とは言い難いもので。
これが高級店の味なのだろうか……釈然としない、何となく感じる違和感が、胸に引っ掛かる。
そんな時だった。突然、鶴丸に名前を呼ばれ、顔を上げる。
目の前には、いつの間にか身を乗り出した鶴丸が、こちらにフォークを向けていた。
「ほら、あーん」
有無を言わさずいきなりそんな事を言われ、訳が分からないまま、反射するように口を開ける。そのまま、フォークについたステーキを口の中に入れられた。
私の口にステーキを入れた鶴丸は、乗り出していた身をゆっくり戻し、席につく。
そして彼はにっこり微笑んだ。
「お味はどうだい?」
言われ、思い出したように口を動かす。
咀嚼した途端、口に広がったのは肉の旨味だった。ソースもまた絶妙で、肉の素材本来の味を邪魔せず、濃縮された旨味と絡み合う。
先ほど食べた自分のステーキの味とは、全くと言っていいほど、異なるものだった。
「……美味しい」
飲み込んだ後、感想を溢す。すると鶴丸は、堪えきらないという様子でいきなり笑い出した。
「き、み……! 本当に分かりやすいなぁ」
ひとしきり笑った彼は、ふぅ、と一息つく。何が起こっているのか、状況に追いつけていない。ただ呆然と、鶴丸の様子を窺う事しか出来なかった。
落ち着いたらしい鶴丸は、改めて私と向き合う。
「きみがきみのままで、安心した」
「え?」
「肉、美味いだろ」
「あ、うん。でも私のは、鶴丸のとちょっと味が違う、かも」
料理に文句を言っているような気がして、語尾を曖昧にしてしまう。鶴丸が勧める場所だけあって、いちゃもんをつけるのは何となく申し訳ない。
鶴丸は私の言葉に気を悪くした様子はなく、むしろ笑みを深めた。
「ああ、あまり美味くなかったんだろう? 顔に出ていたから、すぐに分かった」
「……うそ」
「ポーカーフェイスが得意だなんてよく言うぜ」
「……」
「だからこそ、きみのはそれにしたんだが」
鶴丸の言葉に、再び置いてきぼりをくらう。
どういう事なのか、言葉を呑み込みきれずにいた。
ただ確かなのは、鶴丸が私の反応を見るための食事だったという事。
彼は、私を試したのだ。
「どうして」疑問を、そのまま口にする。聞いてみたものの、内心では聞きたくない気持ちもあった。本題への入り口だと、察知したからだ。
「味の違いによる反応を、見たかった」
鶴丸は、私を見据える。
味の、違い。
その一言に、ふいにあの兄弟の姿が脳裏に浮かんだ。
緊張が走る。鶴丸が試したのは、私の味覚。まさか──と、嫌な予感に襲われる。
彼は少し間を置いた後、ゆっくり口を開いた。
「きみがまだ人間かどうか、見極めたくてな」