@toasdm
営業先のホテルから一望できる朝の海はまだ暗く、うっすらと夜明けの迫る水平線は白に染まりかけている程度だ。むくりと身を起こした彼女はバスルームで軽くシャワーを浴びて、目を覚ます。普段と変わらない薄化粧をはたいて着替えて靴を履き、廊下に出ればちょうど隣の部屋からも、ドアを開けて出てくる人影がある。
「おはようー、プロデューサーさん」
「おはようございます、想楽さん」
にこりと微笑む顔はまだほんのりと気だるさを残していて、少しだけ跳ねた寝癖を手ぐしで撫で付けながらぼんやりと、想楽は彼女に歩み寄った。自然と触れ合う手と手を繋いで、無人のエレベーターホールで二人はそろってあくびをもらした。
「まだ眠たいねー」
「そうですね……」
チン、と控えめで小気味よい到着音を鳴らして、エレベーターは二人を迎える。一階ロビーに到着するまでの寸暇で、想楽は彼女を壁に押し付けて唇を触れさせた。
すぐ到着しちゃってつまんないなー、とくすくす笑う想楽に手を引かれて、彼女は玄関からぐるりと回って海へと導かれる。ゆったりと地球を揺らすゆりかごのような潮騒を遠くに聞きながら、二人は総長の海デートへと繰り出した。
「この時間だったらイチャイチャし放題だよねー」
「ふふ、程々でお願いします」
恥ずかしそうにうつむく彼女の足元が、タイル張りからアスファルトになり、やがてサラサラとした白砂へと変わる。徐々に近付く潮騒と時折強く吹きつける潮風に目を細めながら、想楽は水平線の彼方を見やった。
「もうすぐかなー?」
白みかけた空と濃紺の海とを分ける水平線の白が、段々と、朝の茜に染まり始める。誰もいない朝の浜辺によいしょと腰を下ろして、想楽はその膝の上に彼女を座らせた。せっかくのお洋服が汚れちゃったらいけないからねー、というのは恐らく、半分は本心で、残りは口実だ。膝の上で恥ずかしそうにする彼女を抱きかかえながら、想楽はその肩に顎を乗せてじっと、夜明けの瞬間を待つ。
じわじわと、朝がにじり寄る。鮮やかな茜が海と空を丸く染めて、混ざる紫に雲がたなびく。その内に、水平線の際にかかる朝日がつい、と顔を出し始めて、やがて夜が拭われる。紫に染まっていた雲が白になり、茜は明るく白になり、空と海とが段々と、青に姿を戻し始めた。
「綺麗……」
ぽつりと呟く彼女の耳元で、くすくすと笑う想楽の声。僕もそう思うなー、と同じ事を考えていた喜びに顔をほころばせて、想楽は彼女を後ろから、ぎゅう、と一度強く抱きしめた。
「んっ……」
「海の青ー、空の青とは、違いけりー」
ととのったよー、と彼女の頬に唇を寄せて、想楽は水平線を指差した。
「海も空も、どっちも青色だけどさー」
差した指はそのまま、ゆっくりと、彼女の頬へと伸ばされて、顎へとするりと落ちていく。
「おんなじ青じゃ、ないんだよねー」
捉えた顎を指先で、軽く自分の方へと向けさせてから、想楽は彼女の瞳をじっと覗きこむ。朝焼けの色をまだ残しているような想楽の瞳のその色が、彼女を真っ直ぐ見つめている。息苦しさを感じるほどに高鳴る胸の鼓動が、想楽の顔が近付くほどに早くなっていく。
「僕のこの好きも、プロデューサーさんが僕を思う好きも、おんなじ好きだけど、きっと違うんだよねー」
「んぅ……っ」
おっとりとした優しい口調とは裏腹に、想楽から降ってきたキスは力強く、激しく、彼女の呼吸を吸いつくように長かった。
「それなのに、こうやって一緒にいるのが楽しいー、って思うから」
やっと離された唇から息を吸い込んで、彼女はじっと想楽を見上げる。朝焼けが遠ざかる砂浜に、想楽はにっこりと微笑んで言った。
「違ったままでも、大丈夫だよねー」
好きの形も強さも色も、二人はそれぞれ違っていたとしても。水平線に分かたれた空と海のように共にあって同じように朝に染められて。僕は僕らしくいくねー、と強く抱きしめながら想楽は、彼女に誓いを立てる。
朝焼けの遠ざかった砂浜で二人はしばらく、潮騒に包まれながら触れ合っていた。