@toasdm
やっぱり夏は浴衣ですよね、と団扇を片手に微笑む彼女に、そうだな、と答えて道夫は胡座をかいて隣に腰を落ち着けた。折角だから、と彼女が誂えてくれた藍染の浴衣は、しじら縞のシボが肌に心地よく馴染む。夏の夕方、じっとしてるだけで汗の滲む時候を快適に過ごす昔の人の生活の知恵に感謝しながら、道夫は差し出された麦茶を呷った。
「せめて、縁側だったらよかったんですけど」
「ふむ、確かに一理あるが」
彼女の賃貸のベランダでは些か情緒に欠けるとはいえ、日よけの葦の簾と風鈴と、浴衣と団扇があればそれだけで、古き良き日本の夏を感じさせてくれているようだと道夫は目を細めて彼女に言った。
「これで十分とも、言えるな」
「ふふ、そうですね」
漆塗りのお盆に乗せたガラスの丸皿から三角にカットされたスイカを手に取り、二人で仲良くそれを食べる。甘さの広がる口の中で種を器用に選り分けて、道夫はそれを握り拳に乗せて出す。行儀の良さと几帳面さと、ほんの少しの男らしさに彼女はしばし見惚れる。視線に気付いた道夫は彼女を見やると、首を傾げて声をかけた。
「む?」
「あ、いや、すみません、ジロジロ見てしまって……」
「ふむ……見惚れた、といったところか」
「みっ、道夫さんっ!」
道夫はフッと笑って図星か、と彼女の方をじっと見る。言うとおりだから仕方がないとはいえ、改めて言われると余計に意識してしまってやりにくい。実際、道夫の生真面目な日本人らしさを象徴するような浴衣姿と、男性らしく筋の浮いた腕や手、そこから生まれる仕草や言葉にはえも言われぬ、匂い立つような色香が漂っているように彼女には感じられた。気恥ずかしさに目線を逸らして、彼女も黙々とスイカをかじる。
「……私も」
「?」
ふ、と視線を感じて隣を見上げると、道夫は彼女をじっと見つめている。視線は彼女のうなじ、鎖骨、胸元の前あわせから帯、裾へと移動して、要所要所をじっくりと観察するように視線が留まる度、彼女はそこが熱を持つような感覚にいたたまれなくなる。
「私も、君の浴衣姿に見惚れないわけでもない」
「…………うぁ」
恥ずかしさに漏れた声に、妙な音を発するな、と道夫は肘で彼女を小突く。だって道夫さんが変なこと言うから、と慌てて抗議する彼女の頬には紅が差し、手元のおしぼりで手を拭いた道夫はくつくつと笑いを堪えながら彼女のその、紅差す頬に手を伸ばした。それに、と続けた道夫は眼鏡をくい、と上げてにやりと笑って彼女に顔を近づけて、挑発するように笑って言った。
「こうしてきちんと着付けていると、少々着崩してやろうか、という気分にもなるな」
「っ!?」
なんて冗談を言うのか、と硬直した彼女の頬から首筋を伝い、先ほど視線が移動した軌跡を、道夫のしなやかな指先が辿る。少し後れ毛の零れたうなじをつい、と撫で、肩線を通って鎖骨を渡り、前あわせのYの字に沿ってゆっくりと下りて帯をなぞり、そのままおくみをするりと撫でて、裾まで手が伸びる。
「……これでは、夕涼みにはならないな」
真っ赤になった彼女の顔からは今にも湯気が上がりそうで、道夫の言うとおり彼女の体は少しばかり体温を上げて固まっている。チリン、と風に吹かれて鳴る風鈴の音ではっと我に返った彼女の肩を抱き寄せて、眼鏡をスッと外しながら道夫は耳元で囁いた。
「少しは抵抗してくれてもよかったのだが――…期待していた、と捉えて問題ないだろうか」
「そん――」
そんなわけないでしょう、と、言いたかった唇は道夫のそれに奪われて、コトリ、と眼鏡が置かれる音がする。自由になったもう片方の腕で彼女をすっぽりと包み込むと、後頭部を慈しむように抱え込んだ道夫は、ふぅ、と溜め息混じりに呟いた。
「どうやら夕涼みには、なりそうもない」
夏の暑さを外から遮る葦の簾の内側で、互いの浴衣姿に胸を高鳴らせながら激しい口付けが交わされる。どんなに風が風鈴を鳴らして涼しげな音を立てても、二人分の熱を冷ますことはできなかった。