「どうせ休憩のつもりなんだろう? 七夕らしい休憩と洒落込もうじゃないか」
残業中のPさんを七夕っぽい休憩に連れ出す雨彦さんのお話です。付き合ってないです。
@toasdm
こんな遅くまで残ってる悪い子は誰だい?の声に振り向けば、腕を組んで片足に体重をかけて壁にもたれかかった葛之葉さんが、にやけてこちらを見つめていた。
「七夕だってのに随分と熱心じゃないか、お前さん」
「葛之葉さん……お疲れ様です」
仕事の手を止めて大きく伸びをした私の隣に、すっと立つ長身は見上げるほどで、見下ろされていると少し怖い、と最初の頃は思っていたけれども今ではもう慣れたものだ。まだかかりそうかい?の言葉に滲む優しさにほっと一息つきながら、私は答える。
「そうですね、まぁぼちぼちです」
「お前さん頑張るな」
頑張り過ぎはよくないぜ、と私の手を自然に取って、葛之葉さんは私を引き起こして立たせる。
「う、えっ?!」
「どうせ休憩のつもりなんだろう? 七夕らしい休憩と洒落込もうじゃないか」
時々こんな風に、強引なところもあるけれど、葛之葉さんは基本的に、誰かを思いやる気持ちをベースに行動しているんだと思う。きっとこれも、葛之葉さん流の優しさなんだろうと私は苦笑しながら、おとなしくついていく。連れてこられた屋上には、先日事務所のみんなで飾り付けをした笹が飾られていて、そこにつるした願いは今日、多分、叶えられるんだろう。こっちだ、と葛之葉さんが手招きをした休憩用の小さなテーブルの上には、二つのキャンドルが据えられていた。
「キャンドル……ですか?」
「ああ、燈花会さ」
「とうかえ……?」
耳慣れない単語に思わず聞き返すと、葛之葉さんはポケットから取り出したライターで、キャンドルのひとつに火をつけた。
「俺の出身の奈良じゃ、毎年七月七日の七夕祭りにあわせて、こうやって」
ぽぅっ、と灯るキャンドルの、淡い光が葛之葉さんの顔を少し照らす。都会の喧騒を眼下に望む事務所の屋上は薄暗く、その灯火は少し頼りない。葛之葉さんは続けた。
「ろうそくに火を灯す習慣があるんだぜ」
お前さんもつけてみな、と手渡されたライターをカチカチと鳴らすも、たまに吹く風に吹き消されてうまくキャンドルに火を灯せない。手間がかかるな、と苦笑しながら、葛之葉さんは私の手の周りをその大きな手ですっと覆って、風を遮ってくれた。ようやくついた火をキャンドルに移すと、ぽわ、ともうひとつ火が灯る。さっきよりは幾分明るくはなったものの、やっぱり暗いものは暗い。
「溶けたろうの形が花のようになれば吉兆さ」
「へぇ……」
「広い会場の一面に、ろうそくの明かりが灯る光景は見事なもんだぜ」
今は二つきりだがな、と笑う葛之葉さんの手は、未だライターを手にしたままの私の手を覆うように広げられている。あの、と言いかけた私のその手からライターを受け取ると、葛之葉さんはキャンドルの炎のゆらめきに合わせてゆっくりと、目を細める。
「二つきりじゃ頼りないが」
風除けの筒を被せると、余計に頼りなくなる小さな二つの灯火は、筒の内側を明るく照らす。ふ、と顔を上げると目の前に、葛之葉さんの整った顔。一瞬どきりと胸が高鳴って、私は息を詰まらせる。
――ろうそくの弱い灯りに照らされた、その表情は、今までに見たことがないような気がする。妖艶とも真剣ともとれるような葛之葉さんの瞳にまっすぐ見据えられて、身動きの取れない私の頭を、葛之葉さんは軽くぽん、とひとつ撫でて呟いた。
「俺にとってお前さんは、この灯火みたいなもんさ」
「え、私が、ですか?」
ああ、と目を細めた葛之葉さんはポケットにライターをしまい込んでから、私の手を取ってキャンドルを見つめながら言った。
「頼りないだろう?」
「す、すみません……」
もっと頑張ります、といたたまれなさにうつむく私に、そうじゃない、最後まで聞きな、と葛之葉さんは笑う。
「頼りないくせに、ほら、顔上げて周り見てみな」
「……わ」
さっきまでキャンドルを見ていた目には、外の暗さがよくわかる。こんなに暗かったっけ?とキャンドルに視線を戻すと、確かに頼りないけれど、キャンドルの灯りって結構、明るいんだなと気付かされた。
「頼りないくせに、ちょいと離れただけでわかっちまうのさ。その存在と明るさは、俺を導いてくれる」
「離れると、わかる……」
ゆらめくキャンドルの灯りの中で、葛之葉さんはもう一度、私をじっと見つめて手を握って言う。
「お前さんは、俺にとっちゃこの灯火みたいな存在なんだぜ?」
意味、わかるかい?
そんな風に、真剣に、見つめながら聞かないでほしい。なんだか勘違いを起こしてしまいそうで、心臓がバクバクと、早鐘を打つ。……恐らく、他意なんてないんだろう。仕事の上で、私のポジションは、葛之葉さん達を導いていくことだし。ふぅ、と一度深呼吸をして、私は努めて冷静に、そうですね、がんばります、と答えた。
「……はは、こりゃ手厳しいな。星に願いを託すしかねぇ、か」
小さく呟いたその言葉は、何に対して言ったのかはわからなかったけれども。サラ、と風に音を立てた笹につるされた短冊、そういえば葛之葉さんは何を願ったんだろうか。その願いがいつか叶えられるといいなと願いながら、私はぼんやりとキャンドルの炎を見つめた。揺れるキャンドルの炎がぼんやりと照らした葛之葉さんと一緒に、私の七夕の夜は更けていった。