@toasdm
人混みは嫌だからねー、と手を引く想楽に連れられて、彼女は少し離れた大型スーパーへと連れて行かれた。裾に白抜きのトンボの柄をあしらった想楽の浴衣に合わせて、彼女はかんざしに小さな赤トンボのモチーフがついたものを選んだ。手を繋ぎ、小さなお揃いを身につけた二人はエレベーターに乗る。道中ちらほらと浴衣姿を見かけたことから、近所の橋の近くで行われる花火大会目当ての人々の何割かは、二人と同じようにこのスーパーの屋上を目指しているのだろう。
「わ……」
エレベーターを降りたすぐ目の前、普段は駐車場として利用されている屋上は、小さいながらもいくつかの屋台が並んでいる。さながら小さな縁日のようだ、とワクワクする胸を押さえて彼女は、繋いだ手をぎゅっと握る。
「あんまりいないかと思ったけど、そうでもなかったねー」
くすっ、と笑った想楽はその手を優しく力強く握り返して、はぐれないようにしないとねー、と彼女の顔を覗き込んだ。
屋台の店先にぶら下がる明かりはそこそこ照度があるらしく、あちこちに浮かぶその明かりが照らしている人々の顔は楽しそうで、それもワクワクする。花火大会会場側のフェンスには既に人垣がちらほらとできはじめていて、二人はそこに紛れて顔を見合わせて笑った。
「バレないとは思うけど、ちょっとだけ変装してきてよかったよー」
「ふふ、結構印象変わりますね」
大人びてみえますよ、とからかうように笑った彼女の二の腕を小突いて、想楽は少しむくれる。
「もー、子供扱いしないでよねー」
変装代わりに想楽が選んだのは、黒いシンプルな伊達眼鏡。丸いフレームと浴衣姿はレトロな雰囲気で、被ったパナマ帽もそのレトロな雰囲気を増している。ひげでも生やそうかなぁ、と帽子を押さえて呟く想楽の横顔を見つめながら、彼女は思う。普段子供っぽいとは思わないけど、こうやってまじまじと見つめると、想楽さんは結構、子供っぽい顔をしているな、と。しかしそこから視線をずらしてみれば、しっかりとした肩幅や胸板、腕の筋肉や分厚くゴツい手の感触は、男の子というよりは男の人という方が適切なほどだ。浴衣のような和装だとその体躯はより顕著に感じられて、服装ひとつでここまで印象が変わるんだから面白いな、と彼女はこっそり笑った。
「何か食べるー?」
屋台をちらりと見やって、想楽は彼女の顔を覗き込んで聞いてみる。……普段から、こちらをじぃっと覗き込むように見つめてくることは多いが、今日は特に、覗き込まれているような気がする。鼻腔をくすぐるおいしそうな香りの元を辿れば、いか焼き、串焼き、クレープ、唐揚げ……。屋台の定番がぽつぽつと並ぶ広い屋上駐車場で、さほどお腹はすいていないのに食欲がぐいと鎌首をもたげる。
「え、っと……想楽さんは、何か食べますか?」
「うーん……そうだなぁー、全部食べたいけど……」
全部、と言い切るところもどことなく、男らしい。いや、男の子らしい?と逡巡をめぐらせながら彼女もちらりと屋台を見る。
「片手で持って食べられるし、焼き鳥にしようかー?」
「あ、いいですね!」
買ってきます、と離れようとした彼女の手を、想楽はぐっと引き寄せる。
「あ、タレと塩どっちがいいですか?」
「うーん、そうじゃなくてねー」
眉尻を下げて苦笑しながら、離れ離れになったら困るでしょー、と想楽はまた笑う。一緒に行こうねー、と手を繋いで屋台で焼き鳥を買って、戻った時には既に二人がいた場所は人で埋まってしまっていた。
「だ、だから私が買ってこようかな、って……」
「場所よりもー、誰と見るかが、大事ですー」
ここでも見えると思うなー、と想楽は人垣から一歩引いた竹のベンチを指して、焼き鳥をかじる。落ち着いて見られるからいいと思うんだよねー、とにこにこする想楽の隣に促されて、彼女も腰を落ち着けた。焼き鳥のタレを口の端につけて頬張る想楽は、なんとなく子供っぽくて愛らしい。巾着からティッシュを取り出して想楽の口元を拭うと、想楽はまた困ったように笑う。
「あー……説得力なくなっちゃったねー」
「何がですか?」
「んー?」
ふ、と屋台の照明が落とされる。遠くの会場から、アナウンスのぼやぼやとした音が聞こえ始めて、始まりの花火がパンパンと打ち上げられる。どよめきの波が引き、その場にいる全員が遠くの空を注視した。
「子供扱いしないでー、って言ったけどさー……」
眼前の空のスクリーンに、大きな音と光で開いた花火。ドン!と衝撃が伝わる度に、想楽は繋いだままの手をぎゅっと握って呟いた。
「……プロデューサーさんになら、別にどう扱われてもいいっていうかー……」
「え?」
花火の衝撃音にかき消されて、うまく聞こえず耳を寄せた彼女に、想楽は低く小さく囁いた。
「子供の僕も大人の僕も、全部まとめて、愛してくれるー?」
浴衣、似合うよー。にっこりと微笑んでまた覗き込んできた想楽の伊達眼鏡に、花火の色が映り込む。反射の花火を見つめているのか、想楽の瞳を見つめているのか。よくわからないまま彼女はただじっと、歓声と拍手と花火の音とを背景に固まったまま、想楽の言葉をかみ締めていた。全部、大好きです、の呟きは花火の音にかき消されてしまったが、動きから言葉を読み解いた想楽は、そんな可愛いことを言う彼女の唇を、優しく塞いで抱きしめた。
ありがとう、は花火に邪魔されず、きちんと彼女に届けられた。