「帰ってきてこうして僕の手を煩わせるんだったら同じだ、と何故気付かないんだ」
桜庭先生が濡れて帰ってきたPさんにお説教しながら世話を焼く?お話です。
@toasdm
「君は馬鹿なのか?」
タオルを無造作に投げ寄越して、薫は大きな溜め息をついた。絞れそうなほど濡れた彼女のジャケットを受け取り、ぽたぽたと雫を垂らしながら脱衣所にそれを放り込み、薫はもう一枚、小さめのタオルを持ってくる。
「頭」
「うぇ?」
「まずは髪だ、そのままそこで突っ立っているわけにもいかないだろう」
君は服をなんとかしろ、と口調こそぶっきらぼうなものの、薫は彼女の頭をふわりと優しくタオルで包んで、とんとんと水気を取っていく。ありがとうございます、と呟く唇にそっとキスをして、冷えてるな、と自分が濡れるのも構わずに薫は彼女を抱きしめた。
「ちょ、濡れますよ」
「君が濡れるのが悪いんだ」
何故迎えに来てほしいと連絡を寄越さなかった、と、恋人としては至極当然の疑問を、薫は彼女に投げかける。だって、悪いし、と口篭る彼女を腕の中に閉じ込めて、薫の説教は続く。
「帰ってきてこうして僕の手を煩わせるんだったら同じだ、と何故気付かないんだ」
「じっ、自分で出来ますから」
「うるさい」
薫のシャツが彼女を濡らした雨をどんどん吸って、鼠色へと変わっていく。慌てた彼女が腕の中でいくら暴れても、薫は彼女を離さない。それどころか、もっと包むように深く強く抱きしめて、濡れた髪をかき分けて首筋に鼻先を埋めて、そこに優しく吸い付いた。
ちゅ。
んっ、と目を細めて体を震わせた彼女の首筋、うなじの境目に小さな赤い痣を残して薫は挑発的に微笑む。
「吸引性皮下出血を早く治す方法は知ってるか?」
「きゅ、吸引性皮下出血……うぁ、は、んっ……」
付けたキスマークを指先で、かり、と優しく引っ掻いて、薫は彼女の表情をじっと覗き込む。
雨に濡れた髪、張り付いたブラウスから透ける下着と肌、触れるだけで潤む目の縁を羞恥で朱に染めて、腕の中で自分を見上げる物欲しげな表情。
ゴクリと生唾を嚥下する薫の喉の動きに視線を奪われた彼女の額に、そっと唇を押し当ててから薫はゆるゆると、抱きしめたまま身を屈めてその唇から熱を移す。眉頭、眉間、目頭から目尻へ。反射的に閉じた瞼にも柔らかなキス。朱の差す冷えた頬には念入りに何度も、腰が砕けて崩れそうになった彼女の背中を壁にもたれさせて、覆いかぶさるように抱きついたまま、キスは耳へと移動する。ひぁ、と情けない声をあげて肩を竦めた彼女の耳に、薫は悪戯っぽく囁いた。
「血行を促進させることで皮下出血は早く吸収される。このまま僕にここで温められるのとシャワーを浴びて温まるのと、どっちでも好きな方を選んだらいい」
「しゃ、シャワーにします、ん、ふぁっ……」
くつくつと笑い、薫は彼女の腰を支えながらゆっくりと離れる。早く浴びてきたらいい、と自身もシャツを脱ぎながら、薫は着替えを取りに戻った。濡れたシャツを脱ぎ捨ててクローゼットから自分の分と彼女の分との着替えを一式取り出して、ベッドに浅く腰掛けて薫は自嘲気味に呟いた。
「……僕も、馬鹿なのか?」
素直に大人しく、早くシャワーを浴びさせればよかったのだが。……僕はあのまま、玄関で、立ったまま、プロデューサーになにをしようと――…。脳裏に焼き付いたまま離れない、濡れた彼女の姿をかき消すようにかぶりを振って、薫は大きなため息をついて立ち上がり、着替えを手に脱衣所へ向かう。念入りにシャワーを浴びている彼女の音をドア越しに聞きながら、薫は一人、文句を垂れた。
僕が馬鹿になったのは、雨と君のせいだぞ、と。