「あなたと同じ『好き』を、また見つける事ができましたね」
残業中のPさんのとこにふらっとやってきたクリスさんと板ガムをもぐもぐするお話です。
@toasdm
梅味、ミント味、ブルーベリー味。コンビニの棚に並ぶ板ガムはどれも馴染みの味ばかりで、いつものものがあるという安心感は毎日をほっとさせてくれるし、たまに期間限定で出てくる変わった味はワクワクをくれるし、復刻版は懐かしさについつい手を伸ばしてしまいたくなる。特別ガムが好きというわけではないけれど、なにかのついでに買うことが多いいつものガムを手にとって、私は会計を済ませて事務所に戻った。ちょっと迷ったけれど、やっぱりここに戻ってきちゃうんだよね、と梅味のガムをデスクにおいて、私は残業を再開する。眠気覚ましのコーヒーも事務所で淹れればよかったんだけど、気分転換にコンビニに出向いて正解だった。アイスコーヒーをすすりながらやっつける仕事は、さっきよりも少しだけスピードアップしているような気すらする。
「お疲れ様です、プロデューサーさん」
そろそろ仕事も終わるかな、と伸びをしたタイミング、ジャスト。椅子の背もたれにのけぞった私の、上下が反転した視界に飛び込んできたクリスさんが、にこやかにねぎらいの言葉をかけてくれた。お疲れ様です、と声をかけながら姿勢を戻して、私は少し恥ずかしくなる。……恥ずかしいところ、見られてしまった気がする。くすくすと笑いながらデスクに近付いてきたクリスさんは、手にアイスコーヒーを持っていた。
「あ、クリスさんも」
「ええ、たまに買うのですが、おいしいですよね、コンビニのアイスコーヒー」
「そうなんですよ! 挽きたて淹れたてで、おいしくて、私も好きなんです」
そうですか、と笑うクリスさんは私のデスクの横にあった椅子に腰掛けてにっこりと微笑む。
「同じものが好き、というのはなんだか、くすぐったくなりますね」
嬉しいです、とコーヒーをすするクリスさんが、ちら、とデスクのガムを見て、おや、と声をあげた。
「おや、もしかして」
「え?」
胸ポケットから取り出したのは、デスクの上にあるのと同じ、梅味の板ガムだ。開封済みで、何枚かないことから多分、クリスさんも食べたんだろう。くすくすと眉尻を下げて笑いながら、コーヒーをデスクに置いたクリスさんは板ガムを取り出している。
「あなたもお好きでしたか」
「ふふ、はい。色々味はありますけど、やっぱり梅が」
「私もです」
考え事をするときは集中力が増すのでよく食べるのですよ、とガムの包装をはがしていく。指先が、きれいで、なんとなく、目が離せない。
「あなたと同じ『好き』を、また見つける事ができましたね」
「……」
板ガムを咥えて微笑むクリスさんの、今度は口元から、目が離せなくなる……。ダメ、いくら誰もいないからって、そんな……。頭に浮かんだやましい考えを振り払うように、私はふっと溜め息をついた。
「…………誰も、見ていませんから、ね」
「え、っちょ」
ふわり、と甘酸っぱい香りが近付いてきたと思ったら、私の後頭部には大きくてしっかりしたクリスさんの手が添えられていて、ぐい、と引き寄せられた唇に、梅ガムの端がちょん、と触れた。目の前、鼻の先、少し目を伏せてこちらをちらりと見るクリスさんが、私も同じ気持ちですよ、と目線だけで言っている。……ぱくり。私はガムの端を咥えて、かじ、かじ、と食べ進めた。
「ふふ……」
「ん……っ」
ちゅ、と一瞬重なった唇に驚いて、ガムを半分奪うようにして離れた私をじっと見つめるクリスさんは、ちょっと満足気で恥ずかしい。何が恥ずかしいって、キスをしたことよりも――…。
「私も、こんな風にあなたと、ガムを分け合ってみたいと思っていましたので」
「で、でも……半分、だと、物足りなくないですか?」
「ああ、そういえば、そうですね……」
口の中のガムは、味はするけれど当然ながら、いつもより噛み応えがない。笑いながらもう一枚取り出したガムを私に差し出して、クリスさんは満面の笑みで言った。
「でしたら、今度はあなたから、ください」
「?!」
さあ、と差し出されたガム、笑顔の圧力を受けて私は観念した。観念するしかなかった。おとなしくガムの端を咥えて、挑発的な色気を纏ったクリスさんの両頬を包み込むと、目を閉じて顔を近づける。閉じたまぶたの向こう側、ふふ、と笑う声と同時に、ガム伝いに伝わってくる振動。唇が触れるまで、あとどれくらいだろうか。
いつもと同じガムの味が少しだけクリスさんの味になってもずっと、私達は舌を絡め合っていた。