「そうかい? まあ、休憩するくらいいいじゃないか」
仕事の鬼状態でちょっと疲れたPさんを金平糖もぐもぐさせてリラックスさせる雨彦さんのお話です。
@toasdm
そうカリカリしなさんな、と肩を叩かれて初めて、気がついた。そんなにイライラしてるように見えましたか?と久しぶりに発した自分の声は、どこか硬くて棘があるような気がした。お前さん、根を詰めすぎるのも程々にな、と困ったように笑う雨彦さんが、デスクの隣に腰掛ける。デスクチェアの背もたれを抱え込むように、普通に腰掛けるのとは逆を向いて、長い足を大きく開いて。背もたれの上に乗せた腕、その上にちょんと顎をつけて、雨彦さんはじっと私を見つめている。ふぅ、ともれた溜め息は、まだ少し、硬い気がした。
「そんなに、根を詰めてるつもりはないんですけどね」
「そうかい? まあ、休憩するくらいいいじゃないか」
「はぁ……でも」
「ああ、そういや」
珍しくボディバッグを身につけていた雨彦さんが、徐に中から取り出したのは小さなガラス瓶。透明なガラスの中には、色とりどりの金平糖がぎっしりと詰まっている。
「頭使ってるんだろう? だったら、糖分を補給したらいい。頭の栄養になるらしいからな」
「わぁ……」
瓶のふたをきゅぽっ、と開けた雨彦さんは、水色の金平糖をひとつつまんで私の唇に押し付ける。……こんなにイガイガがついているのに、どうして金平糖って痛くないんだろう。あーん、と口を開けば、舌の上に甘い甘い、金平糖が乗せられる。しゃり、と噛み砕くと、口の中いっぱいに、優しい甘さがほどけていく。ふ、と肩の力が抜けた気がして、私は思わず呟いていた。
「おいしい……」
「そうかい」
雨彦さんも白い金平糖をひとつつまんで、豪快にがりがりと、噛み砕く。ん、うまいな、と笑う顔はいつもより少しだけ、幼く見えた。
「ポルトガル語、でしたっけ?」
「へぇ、よく知ってるじゃないか。confeito、ポルトガル語で砂糖菓子って意味だぜ」
室町末期に伝来したらしい、と雨彦さんは、今度は黄色い金平糖を手にとって、私の口へと放り込む。元は舶来品だが、日本らしいところもあるんだぜ、と笑う雨彦さんは、また白い金平糖をがりがりと噛み砕いている。
「一日一ミリらしい」
「一日一ミリ?」
「こいつのトゲが伸びるスピードさ。まあ、食うのは一瞬なんだが」
つまんだ金平糖を、星みたいだろう?と目の前にかざして、雨彦さんはニッと笑って続けた。
「じっくりと時間をかけて育てていくから、結婚式の引き出物なんかに使われるらしい」
「へー……」
キラキラと、まるで星のように。言われて見れば金平糖は、唯一手に取ることのできる星なのかもしれない。ぼんやりとそれを見つめる私に、雨彦さんはニヤニヤしながらお前さん、と椅子を転がして近付いてくる。手にした金平糖を歯で咥えて、そのまま近付いてきた両手が私を包んで、そして。
「ん……っ!?」
金平糖が甘いのか、それともキスが、甘いんだろうか。油断したな?と笑って離れた雨彦さんの口の中、半分になった金平糖がちらりと見えている。身動きの取れない私の目の前で、雨彦さんはがりがりとそれを噛み砕く。お前さんも食えよ、と頭を撫でられながら、私は大人しく従って、かり、かりと金平糖をかじる。甘い。
「金平糖、うまいな」
「……はい」
「俺達の結婚式の引き出物にもいいかもしれないな」
「は!?」
冗談だ、と言ったのは、引き出物のことなのか、結婚式のことなのか。問い詰めるだけの元気はないけれど、ただ。雨彦さんがくれた金平糖をしょりしょりと食べていく度に、なんだか心の棘が抜けていくような、そんな気がした。
瓶が空っぽになるまで雨彦さんは、ずっとそばにいてくれた。