@toasdm
ヒュゥゥゥ――……ドン!パラパラパラパラ……。
打ち上げ花火が夜空に咲く。湧き上がる歓声、拍手、また次の花火。ほぅ、と溜め息を漏らした私の隣で、浴衣姿の道夫さんが目を細めている。
「……花火の上がる高さは、打ち出し速度の二乗で求められる」
「え……?」
ぽつり、と呟いた道夫さんは、なにやら難しいことを言っている。
「打ち上げ速度をX、高度をYとした場合、Y=AX^2と表せる。すなわちあの花火が高度240mで開いたと仮定すると」
浴衣の袖から覗く白い手首を晒して、道夫さんは空を指す。もしかしたら、道夫さんには、花火だけじゃなくて公式やグラフが見えているのかもしれない。私はくすっと笑った。む、と眼鏡を上げて、道夫さんはこちらをじっと見て少し恥ずかしそうにうつむいてから言った。
「……無粋だっただろうか」
「いえ、ふふふ……道夫さんらしくて、いいと思いました」
花火の音と歓声を背景に、私達は笑う。こちらへ来なさい、と抱き寄せられた肩にしっかりとした道夫さんの手を感じて、トン、と道夫さんの肩に預けた自分の頬が熱くなるのを感じた。
「好きなものについては、ついつい夢中になっちゃいますからね」
「……なるほど」
何を納得したのか、少し意地悪そうな声の道夫さんをちらっと見上げると、眼鏡に花火が反射して、キラキラしていて、ちょっと面白い。視線だけをこちらへ向けた道夫さんはゆっくりと、語りかけるように話し始めた。
「君は、浴衣姿も似合うのだな。普段のパンツスーツ姿もいいものだと思っていたが、やはり女性らしい格好というのもいい。私は好きだ」
「う、そ、それは、どうも」
「それと」
にやりと歪めた口元から、次々と溢れてくる言葉。髪の毛をまとめた時のうなじがセクシーだとか、帯が金魚のようで愛らしいとか、普段から肌がきれいだと思っていたがあまり化粧はしていないのだな、とか、睫がしっかりしているだとか瞳が澄んでいるだとか、なんだかもう、花火とか全然関係ない、ただの、これはただの褒め言葉のマシンガンだ。全弾クリーンヒットの私は、頭からぷしゅぅ、と湯気でも出そうな勢いで、思わず叫んだ。
「み、道夫さん、道夫さんちょっと」
「うん?」
「な、なんでそんな、急に」
「君が言ったからだ」
私が……?私が、いったい、何を言ったっていうの?私はいったい、道夫さんの何トリガーを引いてしまったというの!?あわあわと、落ち着かない私を見下ろして、今日一番意地悪そうな表情で、道夫さんは言った。
「好きなものについては夢中になる、と、君が言ったからだ」
……ちょっと待って欲しい。待って、待ってその流れで今道夫さん、あの、私の事ばかり言ってたってことは、あの、あの!!
道夫さんの言葉を理解してますます赤くなる私を抱き寄せて、道夫さんはちらりと周囲を窺う。今日一番大きな花火が連続して上がる中、観客たちの視線は遥か上空の花火の渦に釘付けになっている。
「……フッ、誰も見ていないようだ」
「んっ……?!」
奪うように重ねられた唇、情熱的な道夫さんの熱をそのままぶつけられるような長い長いキス。唇が離れて、花火の音が静まって。シン、と一瞬水を打ったようになった花火大会の会場で、私の耳元だけにそっと聞こえてくる声。
「私は君に夢中だ」
「にゃああ……」
猫になるな、と苦笑しながら悪戯そうに意地悪そうに笑う道夫さんの二の腕をつまんで、私は最後の抵抗をした。
「花火大会なんですから花火に夢中になってくださいよ!!」
今度からはそうしよう、と心底楽しそうに笑う道夫さんの手を取って、私は立ち上がる。花火大会の内容は全然覚えていないのに、今年の花火大会だけは、絶対に忘れられなくなりそうだ。道夫さんは、家に帰るまでずっと、楽しそうだった。