@toasdm
暑いからあんまりくっつくなよ、と苦笑する雨彦さんの意見を無視して、縁側で涼む雨彦さんの膝に私はごろんと頭を乗せて寝転がる。夕暮れは太陽を向こうにしまいこみながら、反対側に格納しておいた夜を少しずつ引き出して、空を覆おうとしている。どうせ日が沈むんだったらついでにこの暑さも持ってっちまってくれよ、と少し仰け反る形で後ろに両手をついて、暑さに顎を上げて雨彦さんは、用意した大きなタライに水を張って足を浸しながら文句を言っている。随分と横暴な気はするけれど、あまり暑さに強くないのだから仕方がないか、とも思う。そして、この膝の上から退けるつもりは、一切ない。私も大概横暴だ。
「雨彦さん、お膝硬いですねぇ」
「お前さん、借りておいてそれかい?」
吐息に混ざるやれやれの語調とは正反対に、汗で少ししっとりとした私の髪を撫でる手はどこまでも優しい。仕方ないだろう、お前さんとは違う、と苦笑いしながら雨彦さんは、ぼんやりしながら頭を撫でてくれている。心に沁み渡るような温もりに、頭も心も体も全部、ゆっくりゆっくり緩んでいく気がして、私はそのまま伸びをした。
「んーーー……っ、はぁぁーーー……」
「お前さんは猫かい?」
「違いますー、人です人、人間、ヒューマン」
「人の膝で伸びなんかしやがって、猫みたいだぜ?」
「うーーーん……」
まあ、そう言われればそうかもしれない。猫。なれるもんなら、なってみたい。雨彦さんのお膝を独占して、こうやって撫でられて、寄り添って一生を終えるような、そんな猫になら。目を細めて愛情を込めて、私を撫で付けてくれる雨彦さんに向かって、私は手を猫のようにしながら言ってみる。
「にゃお」
「っふ、はは、なんだそれは」
「猫でーす」
うりゃうりゃと雨彦さんの数珠ブレスにじゃれつくふりをしながら、私は猫になりきる。じゃれるなよ、と数珠ブレスをひょいひょい動かして、それってじゃらしてるじゃないですか、と笑う私に、お前さんがじゃれるからだろう、とつられて雨彦さんも笑う。
「あー……私、猫になりたいです」
「もうなってるだろう」
「そうでなく」
ごろんと仰向けになって、私は雨彦さんの頬に手を伸ばす。整った顔の輪郭に触れて、自然ともれた溜め息が、自分でもびっくりするくらい幸せそうで笑えてくる。そうでなく、と私は続けた。
「雨彦さんの飼い猫になりたい」
「俺の?」
「うん……雨彦さんのお膝でこうやって撫でてもらって、いっつも一緒でくっついて、それでそのまま、一生を終えたい」
目を閉じて、叶わない夢と知りながらも私は、そんな猫になった自分を想像してみる。……きっと、雨彦さんのお膝は、絶対居心地がいい。雨彦さんの帰ってくるのを待ってる間も、きっと楽しい。帰ってきたら飛びついちゃうかも、と笑う私を優しく撫でながら、雨彦さんは夕暮れの空に浮かぶ星を見上げてぽつりと呟いた。
「猫みたいなもんじゃないか、お前さんなんて」
「猫みたいなーじゃなくて、猫そのものに、なりたいんです」
「そうかい」
フッ、と笑って雨彦さんは私を見下ろす。優しい手と優しい顔に、ほにゃあと私は今度こそ、猫のような声を出してだらっとしてしまう。
「だったら、俺も猫にならないと、だな」
「なんで? 私を飼ってくださいよ」
「ん? お前さんが猫になるってんなら」
よ、と掛け声をかけて雨彦さんは私を引き起こして抱き寄せる。すりすりと私に頬ずりをしながら私を座らせて、今度は雨彦さんが私の膝にごろんと転がった。
「俺も猫にならないと、夫婦にはなれないだろう?」
「……そう、ですね」
どうしてこの人はこんな風に恥ずかしげもなく恥ずかしいことを言えるんだろう。雨彦さんの髪の毛もしっとりと汗で湿っていて、撫でるとほっとしたように溜め息をついて、雨彦さんは顔の横でグーの拳をきゅっと動かす。
「にゃあお」
悪ふざけが過ぎますよ、と言ってやりたい気持ちはなきにしもあらずだけど。なんだかもう、そんなのどうだっていいや。俺は猫じゃないぜ、と苦笑する雨彦さんの喉を撫でながら、真夏の夕方が夜に変わるまで、私達は縁側で他愛もないじゃれあいを続けていた。星の数はさっきより、増えたようにも見えた。