@toasdm
正直なところ、雨彦は迷っていた。こんな夜更けに大丈夫だろうか、明日の朝に響くのではないだろうか、自分とは、アイドルとは、求められている姿とは――…。ちら、と時計を見てみるが、先程から大して針は進んでいない。
「はぁ……全く、俺は何をしているんだろう、な……」
できれば、お前さんなんて思い出したくなかったんだぜ、とため息混じりに指先を滑らせれば、ピリピリと音を立てて一枚、薄皮を剥ぐように一番外側が剥がれ落ちる。ここまできたらもう後戻りはできないだろうか、いや、まだ、と決まらない心が指先を惑わせるも、雨彦の意思とは関係なくそこはゆるゆると、先端をつまんだ。こんな風に、さもここをつまんでくれ、と言わんばかりにピンと目立つ形をしているのがいけないのさ、と苦笑しながら、ゆっくり、ゆっくり。ぴ、ピリ、と立てる音すら雨彦の欲を揺さぶってくるようで、いつの間にか鼻息も荒く雨彦はギリギリのラインまでそれをぐいと暴いていく。
「ここまで来ちまったらもう、後戻りは出来ないぜ……?」
その言葉の向く先は、果たしてどちらなのだろうか。……そんなこと、関係ないさ。自嘲気味に雨彦は、僅かばかりに開いた隙間に長い指先を無遠慮に、突っ込んだ。指先の感覚を頼りに、奥へ、奥へ。うねる中の感触が雨彦の指の腹をくすぐって、たまらなくなる。中のそれを指先で探り当て、つまんで引っ張って、引きずり出して。ずる、と出てきたそれを引き裂こうとするも、僅かな滑りがそれを阻害する。仕方ない、とそこに歯を立てて、雨彦はピッ!と噛みちぎり、再び隙間から中へ思う存分ぶちまける。カラカラと、フリーズドライのキャベツやら肉やらが、麺の上で躍る。いい眺めだ、と目を細めた雨彦は既にシュウシュウと湯気を立てたやかんを手にして、ぺろりと舌舐めずりをした。
「さて……俺にとってもお前さんにとっても、最高に待ち遠しい三分を、始めようじゃないか」
熱く迸る熱湯が勢いよく注がれる。まだだ、まだ、もっとさ。そう、内側の線のところまで。満たしてやる。お前さんが一番よくなるように。愉悦混じりの吐息は、雨彦の期待そのものだ。全て注ぎきった雨彦は、未だ熱を残したままのやかんの底をカップの淵に押し当てる。これで、接着剤が溶けてくっついて、お前さん、もう離れられなくなるかもしれないぜ?と笑う表情はどこか嗜虐的で、それでも俺は、剥がしてやるつもりだがな、とじっとそれを見つめると、雨彦はことりとやかんを置く。
辺りに漂う香りが雨彦の欲を煽る。ああ、お前さんはたまらないな、と顎を撫で、ちら、と雨彦はもう一度、時計を確認した。――約束の、三分だ。喉がなる、笑みが溢れる、湯切り口を切る手が震える。慎重にカップを持ち上げて、雨彦はそっと、シンクに湯を捨てる。ボゴ、とステンレスが熱膨張で音を立てるもそこはあえて無視をして、全て出し切った雨彦は今度こそ、全て剥ぎ取る。
「さてご開帳……なんてな」
ビリビリビリ、と強い音が響くキッチンで、雨彦はとうとう、ほかほかと湯気を立てる麺と対峙した。ふるふると期待に震えるそこに、手にしたソースの袋を破って雨彦は、ひと思いに撒き散らす。ぐっと咥えた割り箸を割って素早く麺に突き立てると、そのまま何度も、何度も。麺という麺全てに、まるでソースを絡めるように混ぜて、かき混ぜて、かき乱して。乳白色の麺はあっという間にソースの色に染まり、雨彦の食欲を更にかきたてる。
「さあて……お楽しみは、これからだぜ?」
付属のマヨビームの白濁がソースの絡んだ麺を白く彩って、実に上手に雨彦を誘う。いっそ官能的なその光景に目を眇め、雨彦は責任をそれに押し付けた。
「こんな夜中に俺を誘うのが悪いのさ……」
青海苔を散らしたカップ焼きそばを前にした雨彦と、雨彦の持つ割り箸は、もう一ミリも、迷ってなどいなかった。いただきます、と手を合わせ、雨彦は、ずぞぞ、と一気に麺を啜った。
時刻は、真夜中の一時を過ぎたあたりだった。