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挫折<プリキュア>

全体公開 1809文字
2018-07-27 20:12:19

 
横断歩道の上。血だまりの中にあの時私は倒れていた。



道路で仰向けになって、横に転がるセミの死体に想いを馳せる。
バスとの衝突事故で入院したのは6才の夏だった。



熱でひしゃげそうなアスファルトの上で
『太陽がちょうど真上にあるから、今が天頂なのかな』
そんな場違いなことを考えていたのを覚えている。


「交通事故の責任というものは轢いた側にある」
というのは聞いたことがある。しかし非は明らかにこちらにある。
私は入院ぐらいで済んだのだから、返って申し訳ない。






そもそも、バスを轢いたのはこちらだ。

バス会社にはそう述べたが、受け取ってくれなかった。
顔の怪我とバス1台。被害の差を見るに、被害者は彼らなのだが。
これからの修繕費や補填に幾らかかるのだろう。悪いことをした。



空調の効いた病室でごろんと横になる。ああ。暇だ。退屈だ。

包帯だらけの顔では外出もできないし、お医者様に怒られる。
何か暇をつぶそうと、両親や臣下達の見舞いの品を探る。
プリキュアというアニメと出会ったのは、それがきっかけだった。


後はもう、付け足して語ることもない。
なにせ他にやることがない入院生活。食べる寝る検査する。
それ以外の時間が何に使われたかは、言うまでもないだろう。


一話一話見る度に心が跳ね上がる。期待が高まる。
可憐で力強く、逆境を跳ね除けて勝つ美しい少女たち。
大きい瞳。明るい笑顔。可愛らしい服に、熱い正義の心!
憧れというものを初めて抱いた。ああなってみたい!



それがいけなかった。




退院が近付き、顔の包帯を外した際、お医者様も私も驚いた。
私の顔は憧れた"それ"になっていた。憧れのヒロイン、そのものに。


"擬態"。
一族由来の心身共に取り繕うことが出来る万化千変の力。
入院生活を経て、知らず知らずのうち私は彼女になっていた。


嬉しかった。たまらなく嬉しかった。
"擬態"を上手く使えたことも。そして、私が彼女になれたことも!

ととさまは私を誉めてくれた。齢6つで使いこなすか。と
かかさまは私を称えてくれた。その能力は一族の誇りである。と。
嬉しかった。たまらなく嬉しかった。


だからのめり込んだ。
ひたすらアニメを反復して学習した。
ポーズだって、台詞だって完璧なのよ。
なんなら声だっておんなじ!髪の色もほら、綺麗でしょ?
私は憧れになることができた。プリキュアになれた。


だから、自分が何者なのかわからなくなった。
"擬態"は精神をも取り繕う。"憧れの彼女"をトレースした私に
元々の私がいるスペースはどんどん無くなっていく。


そもそも、私とは何者なんだろう?


伯方のシオ。レプタイルの姫。ととさまとかかさまの娘。……それ以外は?
悪の組織と闘って……違う。友達の笑顔を取り戻すために……違う!
それも、それも私じゃない……はず。違う。違う、違うはず……


この能力は一族の誇りだと、ととさまが言っていた。
それを覚えてるから、まだアタシはいる。けどアタシ、今これ使いこなせてる?
んなわけないじゃん。背中に悪寒が走る。今のままのアタシ、誇りじゃないってワケ?


そーだ。ママがいつか言っていたわ。
"擬態"で自分を見失う時は、見る以外の方法で自分を確かめなさい。
確かそー言ってた。ならやるしかないじゃん。


ベッドの鉄パイプを思い切りよく握りしめる。簡単にひしゃげた音を聴く。
ぐしぐしと、頭を掻く。ゴワゴワの毛に擬態した鱗の感触。
イーっと口を開いて、歯を触る。ギザギザとした、獰猛な歯を確かめる。

私は此処にいる。伯方のシオは此処にいる。



柔らかい肌なんてない。なめらかな髪もない。
乳房までもが硬い肉質に、太い手足に重い体。

私はなれない。
自分をちゃんと確かめる。
今のこれは擬態。ちゃんと確かめる。


自分を確かめる。確かめる。確かめる。
夢想を払う。私はレプタイルの雌。ガイアの女の子じゃない。
あの憧れた、可愛いあの子たちにはなれない。

自分を見失わないように、憧れを踏みにじる。
現実の醜さで、幼稚な幻想を吐き捨てる。



私は、プリキュアになれない。


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