@toasdm
お疲れ様です、と事務所に響く声は軽やかで、弾んでいる。お疲れ様です、と振り返ってみてみれば、海辺の太陽をそのまま落とし込んだような晴れやかな笑顔のクリスさんがコンビニ袋を掲げて近付いてくる。
「ご一緒に休憩など、いかがでしょう?」
「わ、お菓子!」
さっと隣に腰掛けたクリスさんはコンビニ袋の中から、お菓子を沢山取り出してデスクに並べてくれた。きのこの形のチョコレート菓子、それの類似商品のたけのこを模したチョコレート菓子、パイ生地の中心にチョコレートを入れて焼き上げたお菓子。全てチョコレート入りだ。
「ちょうど三時のおやつですし、今日は頭を使ったのでチョコレート縛りにしてみたのですが」
「わ、最後までチョコがたっぷりのお菓子もある」
「そうですね、端っこを咥えてキスゲームもできますよ」
「ふふ、仕事中なのでしませーん」
「おや、残念でした。ではまたの機会、ということで」
さらっとしれっとそういうことを言ってのけるんだから、クリスさんは色々と『わかってる』と思う。……大体、想像しただけで顔が真っ赤になる私の反応を見て楽しみたい、っていうのはわかってるんだけど。無理でしょ、この綺麗な顔が近付いてくるとか。無理。味わからなくなっちゃう。にまにましながら両頬を押さえた私の目の前で、クリスさんはどれがいいですか?と聞きながら、こちらをじっと窺っている。
「うーん、クリスさんはこっちのきのこの方とたけのこの方、どちら派ですか?」
「……プロデューサーさん、それはやめておきましょう」
戦争の火種ですよ、とわざとらしく眉尻を下げるクリスさんがおかしくて、私は思わずふきだす。つられて笑うクリスさんはその二つをわきに避けて、パイ生地のお菓子を開封した。
「これは平和ですからね」
「そうですね、火種にはなりませんし」
「お好きでしたか?」
「はいっ!」
おひとつどうぞ、とつまむ指先の美しさにすら目を奪われる。自分で食べられます、と慌てる私をまぁまぁとなだめて、クリスさんはニコニコと、私が口を開けるのを待っている。恥ずかしいけど、おとなしく開けた私の口の中に、クリスさんはぽぃっとひとつ、チョコ入りパイ菓子を放り込んでくれた。
さく、さく。
小気味良い音と軽い食感、チョコレートの甘い味と香りが広がって、口の中が全部幸せになる。
「んんー♪ ひっさしぶりに食べましたけど、おいしいですね!」
「ええ、おいしいです」
「でも、どうしてこんなに沢山買ってきたんですか?」
「……ふふ、さあ、どうしてでしょうか」
含みのある顔でこちらをじっと見つめるクリスさんは、さくさくと音を立てながらお菓子を次々と食べている。わからないです、と素直に答えた私の頭を優しく撫でてから、クリスさんははにかんだように笑って言った。
「あなたと一緒にお菓子を食べましょう、と思いついたまではよかったのですが」
机に並んだお菓子のパッケージをちらっと見てから、クリスさんはにっこりと微笑む。
「あなたがどれが好きなのかわからなかったので、全部買ってみました」
「思い切りが良すぎる!!」
思わずツッコミを入れた私を抱きしめてクリスさんはすみません、と全く悪びれた様子もなく笑っている。
「幸いどのお菓子も好きそうで安心しましたよ」
「もう、これ一日じゃ食べきれないですよね? チョコだから溶けちゃいますし」
「ええ、ですから明日も、一緒に食べましょうか」
さり気なく明日の約束をスマートに取り付けられては文句も言えない。嬉しさと恥ずかしさを誤魔化すために私はチョコ入りパイを黙々と食べる。
「そういえば」
ふ、と思いついたような顔をして、クリスさんは意味深な視線をこちらへ向けてくる。……こう言う時はたいてい、クリスさんは爆弾発言をしてくるんだ……!学習済みの私は身構えるも、だいたいクリスさんの斜め上過ぎる発想にしてやられるまでがワンセットだ。なんですか、と一応聞き返した私を、ちらっと見た目線は妙に色っぽい。
「今日は八月一日なので、パイの日ですね」
「あ、そういえばそうですね」
「……まあ、パイはパイでも」
すっと伸びてきた手、クリスさんの綺麗なのに男らしいしっかりとした指が、私の脇をすり抜けて、ふに、といわゆる、その、横乳、を――…。
「なっ!!」
「私も男ですので、こちらの『ぱい』も、好きですよ」
そんなこと聞いてません!と全身が熱くなるのを感じて叫ぶ私をけらけらと笑いながら、クリスさんは実に色っぽくお菓子を食べている。また明日もご一緒してくださいますよね、と意味ありげに笑って、クリスさんは唇の端についたパイのかけらをぺろりと舐めていた。
……明日は、パイの日じゃないから、大丈夫……。
なにが大丈夫なのかはわからないけれど、私はそう思いこむことにした。お茶淹れて来ます、と給湯室に逃げ込んだ私の背後で、楽しそうなクリスさんの笑い声はしばらく続いていた。