@toasdm
そういえば北斗さんは大学生だった、と、つい忘れがちな事実を再認識する。優しくて艶のある声はとても二十歳には聞こえない。
「学生一枚と、大人一枚」
映画館のチケット売り場でそう言った北斗さんが、チケットを片手に戻ってくる。やっぱり何度見ても、二十歳にはちょっと、見えない。まず立ち居振る舞いが洗練されていてスマートだ。アイドルとして社会に出ているからかもしれない、と思ったけれど、そうじゃなくてもきっと元々、北斗さんはこういう雰囲気の男の人なんだと思う。
「ドリンク、何がいいですか?」
「え、ええと……オレンジジュース、で」
「はい、じゃあちょっと待っててください」
徹底したレディーファーストは嫌味がないし、不自然さもない。一挙一動、言葉の端々からにじみ出てくるのは「あなたが特別なんです」という北斗さんの思いやりだ。それは誰に対してでもそうで、フードコーナーの女性店員さんなんて今もほら、北斗さんにぽーっとなってしまっている。
「君が用意してくれたポップコーンなら、きっととてもおいしいはずだからね」
ありがとう、とただ一言を付け加えるだけでも感じがいいのに、そんな風に言われたらきっと、あの女性店員さんも北斗さんのことを好きになってしまうんじゃないだろうか。少しもやもやするけれど、北斗さんは学生一枚、私は大人一枚。私の方が大人なんだから、みっともないことなんてできないよね……。私はぎゅっと唇をかみ締めた。
「お待たせしました」
トレイをただ持ってるだけなのに、格好いいってどういうことなの――…。見惚れてばかりいるのは私の方で、もしかして北斗さんからしてみたら、私なんてただの、年上の……。
「プロデューサー?」
行きましょう、と手を差し伸べてエスコートしてくれる仕草だって、スマートすぎて、ドキドキするし、落ち着かないし、でも安心する。手を取って歩いているだけで、ただの床はレッドカーペットだ。薄暗がりのシアターで、私はうつむきながら歩く。
「そこ、段差になってるから気をつけてください」
「はい、っと!?」
「ふふふ、言ってるそばから」
気をつけてください、とナチュラルに腰に手をまわされて、なんだかもう、本当に、本格的にいたたまれなくなる。蹴躓いた段差はたいしたことなかったはずなのに、引き寄せられた腰の手を意識すると、心臓がバクバクしすぎて胸が苦しくなってくる。
「どうぞ」
畳まれた椅子をスッと開いて、北斗さんはここでも私をエスコートしてくれる。ドリンクホルダーにドリンクを差し込んで、トレイはさっと脇へ寄せて、ポップコーンを間に置いて、北斗さんはニコっと微笑んでくれる。
「楽しみにしてたんですよ、俺」
「この映画をですか?」
「ええ、それもそうですけど」
すっと重ねられた手は大きくて、男の人らしくて、やっぱりこの人年齢逆サバ読んでるんじゃないかな、と思ってしまうくらい大人らしい。そっと重なった手を優しく握って、北斗さんはスクリーンを見つめる。
「こうして、プロデューサーとデートするの、楽しみにしてたんです」
そして、やっぱり、格好いいことを言うんだ。嬉しいけれど、嬉しいからこそ、自分が見劣りしてしまいそうで、気持ちが落ち着かない。乱高下が激しい。
「さっきから、たまに浮かない顔してますけど……暗いところ、苦手だったりします?」
「あ、いえ、そういうのじゃなく」
急に顔を覗き込んでくるのは心臓に悪いのでやめていただきたいのですが!!叫びだしそうになった私は呼吸を整えて、ふぅ、と吐き出す。
「……北斗さん」
「はい」
穏やかな微笑みは、いつも見ているアイドルとしての笑顔よりも、随分とリラックスしてるというか、あれ、よく見ると、そんなに大人っぽいってほどでも、ない……?よう、な……?
「北斗さん何歳なんですか?」
「え、二十歳ですけど」
「嘘」
「嘘ついても仕方ないですし、ふふっ、なにかありましたか?」
まごまごする私の肩を自然に抱き寄せるのもサマになるから不安になる。おろおろしながらこの微妙な空気をなんとかしたくて、私はしどろもどろになりながら話を続けた。
「私、の、方が……年上なのに……なんか、北斗さんの方が、大人っぽいなぁ、って」
「そうですか?」
「学生一枚、って言ってたのが、違和感あったっていうか……見た目だけなら、私の方が学生に見えちゃうんじゃないかな、って……」
「そうですね、お肌が若々しくて綺麗ですし、スタイルも崩れていませんから、プロデューサーは若く見えると思いますよ」
「そっ、そうじゃなく!!」
急に褒められてますますいたたまれなくなった私をさらに抱き寄せて、北斗さんはちらっとあたりを窺う。ふわっと北斗さんの香りが近づいてきて、え、と思った瞬間、頬に、柔らかく触れる、感触。
「俺からしたら、かわいい子猫ちゃんですから」
「!?」
耳元で、なんてことを、囁くの、この二十歳!
「照れてるところも可愛らしいですよ」
悪びれた様子も特別な様子もなく、北斗さんは手元の半券を私の半券とそっと交換した。
「学生でもいけると思います」
「そ、そういう問題じゃなく!!」
「あ、そろそろ始まりますね」
楽しみにしてたんです、と徐々に暗くなるシアターの座席に座りなおして、北斗さんはスクリーンを見つめている。私はといえば、なんかもう、なんにもわからなくなって、どうでもよくなってしまって、暗くなって字が読めないというのに、いつまでも手元の半券の「学生」の文字をじっと見つめていることしかできなくなってしまう。
冒頭の映画館の説明や次回作の宣伝の内容は、頭にちっとも残っていなくて。ただただ、年齢不詳の北斗さんと一緒に見た映画が楽しかったことしか、私の頭には残らなかった。