@toasdm
テントサイトから離れた小高い見晴台には、誰もいない。手を繋ぎ、少しでこぼことした土階段を上がると、頭上、眼前、眼下の全てが夜空と星のパレードになる。見渡す限りの、満天の星。みのりもプロデューサーも、その星々につけられた名前はほとんどしらない。かろうじてわかる北斗七星、それを辿って夜空の中心に輝く北極星。少し離れたところで目だって輝く三つの星を結んで作られる夏の大三角形は、どれが何座のなんという星なのかまでは、覚えているようで覚えていなかった。
星の、綺麗な夜だ。
みのりのバイクに攫われて、二人で訪れたキャンプ場は人もまばらで、密かに付き合う二人がのんびりするにはちょうどよかった。近くには日帰り温泉もあった。キャンプ場の設備をレンタルして、ついでにバーベキューもした。軍手をはめて串刺しの肉を次々と焼き上げるみのりは頼もしかったし、ワイルドにかぶりつくみのりは男らしさすら感じた。レンタルのテントもてきぱきと設営して、今宵の仮宿は衣食住のほぼ全てを、みのりが全て準備してくれた。
「ふぅ……」
「ふふ、お疲れ様でした」
「うん、ありがとう」
見晴台の柵にもたれて、ぼんやりと二人で、星空を見上げる。夜になれば高原の風もさわやかさを少し取り戻して、みのりの前髪をふわりと揺らして二人の後ろへと抜けていく。心地よさに目を細めたみのりは、星を指差して彼女に囁く。
「あれが、北斗七星だよね?」
「形的に、そうかと」
「ってことはー、いーち、にー、さーん、しー…あれ、五? だったよね?」
「た、っ多分」
「じゃ、ごー……ん、あれが、北極星、かな?」
星空の中心で瞬く北極星にだいたいあたりをつけはしたが、二人ともそろって自信はなく、顔を見合わせて苦笑するより他なかった。
「はーー……もっと、ロマンチックなこと言えた方がカッコついたよね」
「今でも十分格好いいですから」
もっと勉強しとけばよかった、と笑うみのりに肩を抱き寄せられて、彼女は夜の香りに包まれる。
「星の名前は知らなくてもさ」
ぽつりと呟くみのりを見上げると、遠くを見つめる横顔は透き通るような印象で、間近にあるその透明感の奥、彼女はみのりの力強さも知っているのだと胸を高鳴らせてた。
「名前は知らなくても、星が綺麗なのはわかるだろ?」
「はい……そういえば、そうですね」
「花も同じでさ」
ふっ、と目を伏せて思いをめぐらせるようなみのりの横顔に、視線は釘付けられる。
「花の名前は知らなくても、花が綺麗なのはわかるから」
「あ……」
だからね、とみのりは彼女を優しく見下ろして、包み込むように抱きしめる。
「でも、プロデューサーの好きな花、知りたいんだよね」
「ご、ごめんなさい……」
みのりと付き合い始めてしばらく経つが、みのりの知識に比べると彼女は、ほとんど花の名前は知らなかった。メジャーどころは知っているが、楽屋花などで見かけるような花の名前は、みのりが優しく都度教えてくれているのが現状だ。謝らなくていいよ、と笑うみのりに見つめられて、息が詰まる彼女の唇に、みのりはそっと唇を重ねる。
「いつか、さ……いつかプロデューサーの好きな花だけを集めて、ウェディングブーケを作ってあげるのが今の俺の夢だよ」
「ウェディング……?!」
「うん。そして、できればね――…」
彼女を見つめるみのりの視線は、優しく穏やかなのに、やはりどこか、力強い。真剣さを宿した瞳で、じっと彼女を見つめてみのりは、意を決したように微笑んで、言う。
「その時、俺はお婿さんとして、隣にいたい、って思うんだ」
こんなロマンチックなプロポーズがあっていいのだろうか、と逆に冷静になった彼女はぽかんとみのりを見つめ返した。むしろそれしかできなかった。星の綺麗な夜、花の名前もよく知らない自分に、そんな、そんな。なんとか言ってよ、と照れたみのりにぎゅっとしがみついて、彼女は小さく、一度だけ、頷いた。
後はただ、満天の、名も知らない星々の瞬きが、二人の未来を祝福するように静かな拍手を送り続けているだけだった。