第19章、保護されたジェミンのお話です。一つのモーメントに纏めたかったのでベッターに話を詰め込むという暴挙…ほんと、詰め込み癖どうにかしたい。
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@risa_natsuko
ジェミン視点
夢を見た。今でもうっすらと霧がかった記憶。幼い頃の数少ない幸福な記憶だ
「ナナ、待った?」
ウサギ小屋の外からヌナが覗き込んで来た。古くて汚れたスカートと、何かの染みがついたシャツを着ている。彼女のせいじゃない。彼女は学校側のお情けで貰ったおさがりの制服を着せられ、たまにしか選択してもらえないシャツを着ていた。周りの女の子は清潔な服を着て、可愛く飾っていたので、彼女はいつも不潔な存在として虐げられていた
「…のんちゃんと遊んでた」
老いたウサギののんちゃんはその存在を子供達に忘れ去られ、世話をしてくれるのはやる気はないが俺達を見て見ぬふりしてくれる校務員だけだ。このあたりには生徒たちが来ないので、ウサギ小屋は俺とヌナが唯一気を抜ける場所だった
「これ、給食のパン持って来たよ」
「ヌナは?」
「私は食べた。今日お休みの子がいたから、余ったの貰って来たんだ」
今ならそれが嘘だとわかる。ヌナは自分が食べずに俺にくれていたのだ。給食当番はわざと彼女の給食を少なくよそったりごみを入れたりしたが、先生は何も言わなかった。ヌナはゴミを丁寧に避け、自分の食事もそこそこに俺に分けてくれていた。その日のパンにはカレーに入っていた肉が敷き詰められていた
ヌナは体育の授業をいつもサボっていた。あんなもの、いじめられっ子にとっては拷問でしかない。ドッジボールでは彼女の残忍な同級生が標的にし、縄跳びで叩き、飛び箱ではわざと突き飛ばして怪我をさせた。何人かで組を作るときはその存在を無視して、たとえ割り切れなくなってもヌナを除け者にした。先生はヌナに「協調性がない」と吐き捨てるだけだ
「ヌナ、これ」
「…うちから持って来たの?」
俺はよくおばさんの財布から小銭を盗んだ。金に汚いもののだらしない人だったので、気付きやしない。ヌナは口ではよくないというものの、それで甘いものを買っては俺に食べさせてくれた。いつだって俺が優先だった
「ナナは私よりちっちゃいんだから、いっぱい食べなくちゃ。いつまでも痩せっぽちじゃ駄目よ」
「じゃぁぼく、ヌナよりおっきくなって、ヌナを守ってあげる。ヌナをいじめるやつらみんなやっつけてあげるよ」
ヌナが通う中学校は小学校に併設されていて、フェンスで仕切られていた。彼女はいつもそこをよじ登って会いに来ていた。彼女はいつも汚いなりをしていたし、ネクタイや上着を持っていなかったので(最初貰った分はとっくになくしていた)、校務員はたまにヌナを見ても中学生の不法侵入とは思わなかったようだ。小柄で痩せっぽちだったのもあるだろう
僕はヌナが学校に行くと隙を見て家を抜け出し、フェンスの穴からウサギ小屋に逃げ込んでいた
実はこの辺の記憶は最近夢に見て思い出すようになったものだ。当時はヌナがいればよかった。ヌナがいれば幸せで、ヌナもそうだと思っていた。そのほかの辛い出来事には蓋をしていた。当時俺は小学校と中学校の区別もついていなかったので、ヌナが中学に上がっていたことも理解していなかった。
「ナナ、あんたはいい子だよ。ナナがいればヌナは元気になれる」
「ぼくも。ぼくも、ヌナがいればいい」
今思うと、ヌナはとても子供だった。家では俺を守るために子供ではいられず、学校では弱者として虐げられていた
―――家にいるのは危険だから自分の学校に連れて行ったんだ
俺はヌナの年齢を知らなかった。誕生日なんて概念を知らずに育ったからだ。ドヨンさんはその功績から高校卒業後最短最年少で警部補に昇進している。彼と同い年なら今ヌナは28歳だ。逆算して、俺が8歳で行方不明になった時彼女は16歳。既に高校生だった
ドヨンさんが“自分の学校”と言ったのは、ヌナが彼にそう言ったからだ。その時は中学が併設された系列校だったからだと思ったそうだが、違和感には後で気付いたという
―――記憶障害はジェミンだけじゃないんだと思う
―――名前は自分がジェミンに何も出来なかったこと、自分が子供だったから仕方ないと思いたかったんだ
ヌナは当時自分も小学生だったと思っていた。でも本当は俺がいたのは彼女が中学生から高校生にかけてだ
―――高校でのこと、ほとんど覚えてないんだよね
―――サボってばっかりだったから
彼女は高校にはほとんど行かず、バイトしていた。その間は僕をウサギ小屋に置いて、迎えに来るときパンやおにぎりを買って来てくれた。高校に上がってからも彼女はとても幼かった。今の大人びた真顔姫が嘘みたいだ
―――ジェミンがいたから、かろうじて子供でいられたんだ
―――2人でいる時だけは、お前と一緒に子供だったんだ
―――お前を失って、あいつは子供でいられる時間を失った
ヌナはよくカレンダーを見る。いつも日付や時間を確認している。よく間違えるから癖になったと言っていた
ヌナは、時間の流れを読めないのだ。周りの流れについていくために、いつも確かめている
―――ニナったらすぐに大きくなっちゃって。この子だけ時間の流れが速いみたい
ニナの時間が早いのではなく、ヌナの時間が遅いのだと思う。でもドヨンさんは何も言わない。黙って彼女の時間に合わせている
LY「もう大丈夫だよ。体冷やさないようにしておけばすぐによくなる」
レイ先生はそう言って俺の頭をぽんぽんと撫でた。風呂に入る体力が残っていないので、ヌナがタオルで乾かしてくれた
LY「薬は出さない方がいいよね。経口補水液をあげるから、それを飲みなさい」
「…はい」
LY「それじゃ、もう帰るよ。また何かあったら連絡して」
YT「遅くにすいません。助かりました」
ユタ兄に見送られ、レイ先生は帰って行った。マーク兄がスープを差し出してくれる
MK「ナポリタンは明日に回そう。スープ飲んで」
「…ありがと」
スプーンに手を伸ばすと、横から器とスプーンを攫われた。いろはちゃんが俺の隣に座って言う
「はい、あーんしてください」
「………」
酒盗んで逃げた罰ですか
「……自分で食えるよ」
「口開けて」
「風邪うつっちゃうから離れて」
「マスクしてるから大丈夫です。口開けて」
「いろはちゃん俺泣くよ」
彼女は黙ってスプーンを口に押し当ててきた。そのまま口にねじ込まれる。この羞恥プレイをヌナたちが見ないふりしてくれているのがかろうじて救いだ
「悠太くんに聞いたでしょう?薬を流していた悪い人はテヨンさんが逮捕してくれました。組織の方は難しいみたいですけど、でも警察がきっと潰してくれます。またあんなことが起こることはないですよ」
いろはちゃんは優しい声で安心させようとしてくれる。きっと組織は潰れない。かつてそうだったように、薬の誘惑はいつだって若者を待ち構えている
「さっきマーク先輩が教えてくれました。怪我したあの人、調子がいいみたいですよ。ジョンウさんが世話を買って出てくれて、順調に治っているみたいです」
「あー…今度お礼言わなきゃだ。サイコとか言っちゃって悪かったな」
少し離れたところから「サイコなのは間違いないんだけどね」「しっ…いい雰囲気なのに聞こえるよ」「いい雰囲気とか許さへん…むぐっ」と聞こえてくる
「ジェミン君?もうお腹いっぱいですか?」
「…うん、ありがとう」
「じゃぁ、はい」
ソファの端っこに座っていろはちゃんは自分の足をぽんぽんと叩いた。暴れ出そうとしたユタ兄をマーク兄と名前ヌナが押さえている
好きな子の膝枕とか、いろんな意味で何の拷問!?
「……さすがに駄目だって」
「いいから早く寝なさい。風邪ひいた子は早く寝るのが一番ですよ」
いろはちゃんの口調は子供に言い聞かせるようで、俺も開き直った。こんな時くらい子供のふりしてしまおう
「寝心地はどうですか、ジェミン君」
「…落ち着く」
「目を瞑って。子守歌歌ってあげます」
ヌナが部屋の電気を落としてくれて、スタンドだけになった。薄暗い部屋に、いろはちゃんの優しい歌声が満ちていく。日本語なので意味は分からないが、柔らかい音だ
一曲歌い終わると、いろはちゃんはその小さな手で俺の目を覆った。初めて泣いていることに気付いた
「大丈夫ですよ……ジェミン君はとっても強い子です。お酒も飲まなかったじゃないですか。えらいえらい」
「……ッ」
―――ナナ、転んじゃったの?
―――泣かなかったんだねぇ。えらいえらい
俺はいろはちゃんの手を上から抑えるようにして、子供みたいに泣いてしまった。いろはちゃんは笑うこともなく、呆れることもなく、「えらいえらい」と言いながら俺の髪を撫でていてくれた
翌朝目を覚ますと、何事もなかったようにヌナが朝ご飯を出してくれた。ユタ兄は「今日は探偵休業や」と言って、一日俺のそばにいてくれた。特に何をするわけでもなくぼんやりしていた俺に、ヒョンは言った
YT「ジェミン、いろはが好きか?」
飲んでいた生姜紅茶を思いきり吹いた
「…いきなり何」
YT「茶化してるわけやない。正直に答えろ」
「好きだよ。止めても無駄」
YT「それ、本当にいろはが好きなのか」
俺は顔を顰めてヒョンを見た。ヒョンは真面目に聞いたようだ。そして真面目な顔で言った
YT「お前たぶんマザコンだよ」
「喧嘩売ってます?雇い主だろうが買うよ」
YT「お前の最初のママは名前さんやろ。自分に無償の愛を向けてくれる」
「ヌナはヌナだ。まだ子供だったヌナに俺の母親なんてさせるのは間違ってた」
YT「そうやなくて……お前が思う理想の母親って、名前さんなんちゃうかなって」
どうなのだろう。俺は母親を知らない。知っていたはずだが、覚えていない。少なくとも6歳までは一緒にいたはずなのに、まったく思い出せない
それを思えば、俺が唯一持っている母親像は全て今のヌナだ
YT「俺、お前を雇った時、必要ならお前の父親にだってなろうと思ったよ」
「…ヒョンならいい父親になるよ」
YT「でもいろははお前の母親やない。お前が欲しいのはいろはか?それともあいつの愛情か」
とっさに答えられなかった
YT「人間誰やって愛情が欲しい。テヨンは最初俺に愛情をくれた。俺を立ち直らせるために尽くしてくれたし、俺はそれに何も返せへんかった。でも愛情ってのはそういうもんや。親が子を想うみたいに、いつだって天秤は傾いてる。でも恋愛はそれじゃ駄目や」
お互いが想い、与えあう。対等でなければならないし、天秤は釣り合っていないといけない
YT「釣り合わなくなったとき辛くなるのはより天秤が重い方や。俺はおまえにもいろはにもそんな思いさせたくない」
「……」
YT「お前が欲しい愛情、俺が全部やる。必要なら父親にだって母親にだってなったる。お前には名前さんかているやろ。テヨンやって俺の弟子やってだけでお前を大事に想ってくれる。でもそれを恋愛と履き違えるな」
ユタ兄は俯く俺の髪を優しくなでる
YT「ちゃんと考えな。いろはへの気持ちがどんなものなのか……本当に恋愛感情なのか」
「本当に恋愛感情だったらどうすんの…」
YT「敬意をもって邪魔をする。可愛い従妹や、そう簡単にはやらん」
にかっと笑ってユタ兄は俺の髪をぐしゃぐしゃにした
考えた。風邪を治す間、ユタ兄に言われたことをひたすら考えた。結論が出来た時には既に風邪は治っていた。俺は看病のためにずっと家にいてくれたヌナを誘って、ニナと3人でヨンホさんの店に行った
JN「名前ちゃん!!ずっと来てくれないから寂しかったよニナに会えなくて!!」
「すいません、ナナが風邪ひいてたから。ニナ、さっき教えたでしょ?」
「おじーちゃん、ひさしぶり!!」
ヨンホさんが本格的に泣きだしたのでヌナが悪ノリを謝りつつ宥めている。今日は非番の警官が2人いる。仕事の相談か、ジョンウさんとユタ兄もいる。俺はあえてそちらに挑戦的な目をやりながら、カウンターの中のいろはちゃんに声をかけた
「いろはちゃん」
「…ジェミン君!!よかった、よくなったんですね!!」
「うん、おかげさまで。いろはちゃん、俺君のことが好きだよ」
店内が静まり返った。いろはちゃんはすっかり固まっている。俺は畳みかけるように言った
「俺はいろはちゃんの優しいところが好きだし、この間俺を癒してくれた時は母親みたいにあったかかったし、甘えたくなった。そういうところ、いろはちゃんの特別なところだと思う」
「…えっと」
「でも俺が欲しいのは母親じゃない。俺はいろはちゃんのことを守りたいって思うし、そばにいたいって思う。女の子として好きだ。可愛くて優しくて天使みたいないろはちゃんが好…」
どかっ
ばたーんっ
横から思い切り体当たりされ、俺の体は吹っ飛んだ。一応病み上がりなのに容赦ない
JH「ふざけんなよこのクソガキ……抜け駆けなんてさせるかよ」
「うるせーな大人げないんだよおっさん」
JH「おっさんいうんじゃねーよまだ20代だわヨンホさんがガチ泣き入ってんだろうが」
仁王立ちで圧をかけてくる餅の後ろで、不穏な動きがあった。ジェノが真っ赤な顔で叫ぶ
JN「じぇ、ジェミンには負けない……俺だっていろはちゃんが好きです!!」
JH「あっ、てめ……訓練局で扱かれたいか!!」
JN「少なくともジェヒョン先輩よりは年も近いし有利…」
ばきっ
ジェノが俺の横に沈み込んだ
JH「いろはちゃん、俺、好きでも何でもない子に花籠をわざわざ送ったりしないよ。歳の差なんて関係ない。今度よかったら大人のデートでも…」
バンバンバンッ
ユタ兄が涙目でトレーをジェヒョンさんの脳天に叩き付けた
YT「ふざけんなぁ!!うちのいろはに色目使うなんて絶対許さへん!!ジェミンお前こないだ言うたよなそう簡単に渡さんて!!」
「告んなとは言われてねーし。俺よりこのもっちり警官の方が危険だよ。ろりこ、いてっ」
頭引っ叩かれた。市民に対する暴行で訴えてやろうか
YT「いろは!!お前からも言ったれ、その気はないって…」
いろはちゃんの目を見てユタ兄が怪訝な顔になった。男3人から立て続けに愛を告げられたというのに、彼女の目は爛々と輝いている
「ひとりの女子を巡って争うイケメン3人……なんて素敵なシチュエーション!!」
ジェノは地面に沈み込み、ジェヒョンさんは天井を仰ぎ、俺は頭を抱えた
ぶれない……ぶれなすぎるこの腐女子!!
「どうぞ続けてください先程の喧嘩とっても美味ですので……はっ、これ私を美少年に置き換えたら薔薇ハーレム…大変!!薄い本を描けます!!傑作の予感!!」
YT「あー…いろはお前ほんと……難儀やなぁ矢印三人衆」
JH「一杯飲みたい気分……きっついやつ」
JN「お供します先輩…」
「ジェノたちは飲めるからいいよ…俺どうすりゃいいのさ」
一世一代の告白をがっつりスルーされ、店内は爆笑どころか憐れむような空気で満たされている。すっかり脱力して、俺は項垂れた