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JhM号の口福 / 第二話-2 クレイン

新矢 晋@企画用
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2018-08-13 17:20:22

チュスさん( @mutumu )と!





 まだ若く美しい娘の死は、大きな衝撃を乗客たちに与えた。一目見ただけでも無惨な死体だとわかる状態だった娘の苦痛はいかばかりかと考えると、死んだ後にはらわたを食い荒らされたことを願ってやまない。
 二件目の殺人は一件目と死体の様子が似ていたため、同じ犯人によるものだと考える者が多かった。大海の上で逃げ場はなく、猟奇的な死体の様に人々は犯人像を好き勝手に妄想しては恐怖に戦いた。まだ大規模なパニックが起こっていないのは奇跡的であり、少し均衡が崩れれば船上からは容易く平穏が失われるだろう。
 その中でなお冷静さを保っていられる人間は限られており、かつてフロレンツィアで起こっていた動乱の経験者などがそこに含まれていた。理不尽な死も、惨い死も、抗いようのない死も、かつてのフロレンツィアではありふれていた。
 ――主よ、われらを見守りたまえ。
 ――われらの道から光が失われぬように。
 そう祈りを捧げたのは、あの動乱の経験者であり、悪魔討伐の知識がある人物でもあり、敬虔な信仰者である……クレイン・オールドマンだった。
 クレインはただの聖職者であり、殺人事件の調査をするような人種ではない。表向きは聖典の回収を目的としている。……ただ、他にも思惑があるようで、特に一人目の被害者であるジョンを気にしているようだった。
 だが二人目の被害者が出たことで状況は変わった。先程まで会話していた娘の無惨な死。クレインは、本来荒事からは遠ざけられているべき相手――たとえば子供、一般信徒、ごく普通の市民――の暴力的な死に強く憤りを感じる気質だった。
 ――この一連の事件に犯人が存在するならば、正当な裁きを受けさせるべきである。
 クレインはそう思考を切り替えた。


 甲板の隅に二人の男――聖職者クレインと天使チュスだ――が佇んでいる。そのうち片方はどこか足元がふわふわしているような様子で落ち着かなげに腕を組んでいた。
「……チュス、大丈夫ですか? 気分が悪いようなら部屋に戻っても」
「いや……大丈夫だ」
 青ざめた顔で頭を振ったチュスの唇は少し震えている。クレインは心配そうにそれを見ていたが、少し考えてから甲板の舳先へ向かった。
「うええん……なんで僕が……」
 そこには半泣きになりながら掃除をしている給仕モッブスがいた。飛び散った血を海水で洗い流してはモップがけし、なんとかきれいにしようと試みているようだが完遂は遠そうである。
「君、大丈夫か? よければ手伝おうか」
 そこに声をかけたクレインの声色は気遣わしげで落ち着いたそれだった。だが目は静かに凪いでいて、周囲になにか手がかりが残っていないかをさりげなく探していた。
「ありがとうございます……! でもお客様にそんなことをさせるわけにはいかないのでお気持ちだけ! お気持ちだけ頂いておきます!」
 涙目で頭を下げるモッブスにクレインは軽く微笑んでみせ、それから今気付いたといった風に口を開く。
「そういえば君、さっき何かを見ていなかったか? メモのような……」
「? これですか?」
 片手に紙切れを握って首を傾げたモッブスに、クレインは頷く。
「そう、それだ。現場に落ちていたんだろう? 俺にも見せてくれないか」
 クレインの声は低く落ち着いていて、浮わついた様子など欠片もない。少し顔色は悪いもののそれはこんな恐ろしい事件に出会えば当然だろうと判断できる範囲内で、……彼が少し平常時からは外れた思考をしていることはきっと誰にもわからない。わかるとすれば多分、少し離れた場所で溜め息を吐いた天使くらいのものだろう。
 メモへと差し出された手は、ごく自然な所作をしていた。


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新矢 晋@企画用 @sin_niya_b
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