「……何を言ってるんだ俺は!」
出勤しようとするPさんを寝ぼけて引きとめようとした雨彦さんがベッドルームで一人足をばたばたさせながら照れてるお話です。
@toasdm
目覚ましのアラームが鳴る前に体が勝手に朝を感知するようになって、どのくらいだろうか。時間きっかりに目を覚まして、布団ではない温もりに抱きしめられて朝を迎えるようになってから、どのくらいだろうか。朝起きてから夜寝るまで、ずっと愛されているという充足感に満たされるようになって、どのくらいに、なるのだろうか。目覚めの匂いは雨彦の、温かな体が作り出している。今日はオフの日だから、と、彼女は雨彦を起こさぬようにそっと、心の中で愛おしげに名を呼んだ。
雨彦さん、おはようございます。
小さなあくびとのびをして、名残惜しさしかない自分だけの腕の中から、彼女はするりと抜けだした。身支度と軽い朝食を整えて、雨彦の分には丁寧にラップをかけてから、彼女はちらりと時計を見る。まだ時間には余裕がある。未だベッドで惰眠を貪る雨彦の寝姿に胸の奥の一番柔らかな部分をくすぐられて、彼女はそっと、雨彦の前髪を優しく撫でて微笑んだ。
前髪を上げていない雨彦の、寝顔ともなれば随分とそれは、彼女にとっては幼く見えた。初めのうちなどは見る度に心臓がうるさくなったりもしたが、一緒に暮らし始めて長くなった今となっては慣れたもので、カッコいいと可愛いを絶妙なバランスで混ぜ合わせた朝の雨彦は、穏やかなときめきを彼女にもたらす。行ってきます、とまた心の中で呟いてから、彼女はこっそりと、眠る雨彦の額に口付けを落とした。
「ん……」
「あ、ごめんなさい」
寝てていいですよ、と声をかけてベッドから立ち上がろうとした彼女の手首を、雨彦は無意識に掴む。顔も吐息もまだ眠ったままだというのに、力だけはしっかりと、起きている時と変わらない。そのままぐい、と引っ張ると、寝ぼけた調子で雨彦は彼女をベッドに引きずり込んだ。
「うわっ、ちょ、雨彦さん!」
「仕事……」
仕事ですよ、と答える彼女を腕に抱きしめて、まだ目も開かない雨彦は軽く化粧をした彼女の唇に吸い付く。ちゅ、ちゅっ、と閉じ込めたままキスをして、愛着を示すようにすりすりと頬を擦り付ける。
「雨彦、さん……っ」
「休んじまえよ、仕事……」
耳元で、寝起きの掠れた声がする。甘言を吐き漏らして、密着した体は心地よい温もりで誘惑する。
「そ、そういう、わけにも」
「いいじゃないか、なぁ……?」
くつくつと笑って、雨彦はそこで漸く目を開けた。まだ視点の定まらないぼんやりとした寝起きの色香を纏って、ぐっ、と腕に力を込めると、体をぐるりと動かしてあっという間に彼女を組み敷いた。
「可愛がってやるぜ?」
「な、っな、何、言っ――!」
深い口付けが落とされて、夜のそれと変わらない熱が雨彦から彼女へと移される。ぐりぐりと朝の反応を押し付ける雨彦が、もしかしたら本当に、本気でそんな事を考えているのではないかと思わせてくる。息苦しさに堪らず胸を叩く彼女を更に抱きしめて、雨彦はぼそっ、と呟いた。
「……何、言ってるんだろうな、俺は」
寝ぼけちまった、と彼女を解放すると、雨彦もベッドの上で身を起こす。すまなかったな、と照れたように笑い、後ろ頭をがしがしと掻いて雨彦は彼女をちらりと見た。
「なに、ただの寝言さ……忘れてくれるかい?」
珍しい雨彦の様子に、彼女の胸がキュン、と締め付けられる。くすくすと笑って彼女は立ち上がり、雨彦の頭を優しく撫でる。
「……寝言で本音が出ちゃうタイプなんですね」
「あーーー……はは」
バレちまったかい、と茶化してはいるが、頬にはほんのりと朱が差している。行ってきます、ともう一度雨彦にキスをして出勤した彼女を見送ると、雨彦はそのままベッドにうつ伏せに倒れこんだ。枕がふわりと、雨彦の顔を受け止める。
「……何を言ってるんだ俺は!」
あーーーー、と叫ぶ雨彦はうつ伏せのまま足をバタつかせて悶絶する。寝言で本音、その通りだ。
「……これも、寝言だが」
バタついた足をぴたりと止めて、雨彦は一人、ベッドルームで真っ赤になって呟いた。
「お前さんを離したくなかった……」
受け取る相手のいない言葉を、彼女の温もりと香りを残した枕だけが、黙って静かに聞いていた。