「お前さん、料理は得意かい?」
まんまとPさんの手作り料理をせしめてあわよくばついでに心の距離を縮めてやろう、と作戦を立てた雨彦さんの作戦失敗したけど結果オーライなお話です。
@toasdm
シリーズで追っている時代小説の続編を片手に、雨彦は本屋をうろつく。ユニットメンバーの想楽に「アイドルなんだから気を使ってよねー」と促されて立ち読みをするようになったメンズファッション誌、たまに興味深い特集を組んでいる科学雑誌は表紙に深海の文字が見えたので、同じくユニットメンバーのクリスが喜ぶだろうか、とぱらぱらと流し読んだ。さてそろそろ会計でも、と思ってたまたま通りがかった料理関係のコーナーで、雨彦はふと足を止めた。一人暮らしは長いが、自炊と呼べるようなものはしていない。米を炊くだけを自炊と呼んでいいのならば、自炊をしていることになるが、恐らくは違うだろう。なんとはなしに一冊手にとって、雨彦はそれもぱらぱらとめくった。シズル感満載の食事はどれも、温もりや匂いが視覚だけで励起されるようで、雨彦は切なく鳴く腹の虫を服の上から撫で付けて宥めた。
もし、こんな料理を、お前さんが作ってくれたなら――…。
ちらっと脳裏をよぎる、プロデューサーの笑顔に、雨彦はそれらの料理を重ねてみる。食卓を挟んであの笑顔で、召し上がれ、と自分の為に、言ってくれたなら。それはきっと、誰もが容易に思い描く幸せの形の典型だろう。湯気の向こうの空想の笑顔に片思いをして、雨彦はにやりと口元を歪めた。作戦はこうだ。
何、俺は一人暮らしはしているが自炊はからっきしでな。ちょっと本気を出してみようかと思って本を買ったのはいいがどうにもうまく作れないのさ。お前さん、お手本をみせてくれないかい?
完璧じゃないか、と頭の中で組み立てたセリフを反芻して、雨彦はにやけた。これならうまいこと、お前さんの飯にありつけそうだ、と適当な本を手にとってレジへ向かう。
「……うまいじゃないか」
材料を買い込んできっちりとレシピ本通りに作ったとはいえ、自分でも驚くほどうまくできた蓮根のきんぴらは、料亭の味とはいかないまでも家庭料理としては最高だ。シャクシャクと小気味良い音を立てる歯ごたえも、塩加減も甘みも旨みも十分だ。完璧だ。完璧すぎて作戦は一気に頓挫してしまった。さて困った、と頭を抱えながら雨彦は、またそのきんぴらの立てる湯気の向こうに空想の笑顔を投影する。……お前さん、きんぴらは好きかい?気がつけば雨彦は、彼女に電話をかけていた。
「もしもし、お疲れ様です葛之葉さん」
「お疲れさん、今大丈夫かい?」
すぐに電話に出る生真面目さが彼女らしい、と雨彦は少し笑って続けた。
「お前さん、料理は得意かい?」
「え?! あー……はは、いえ、あの……」
全然です、と蚊の鳴くような小さい声に、雨彦はたまらずふきだした。うまくできる以前の問題として、作戦はそもそも重大な設計ミスにより失敗していたのだ。まさか彼女が料理が駄目だとは思いも寄らなかった。前提条件から覆ったことに笑ってしまったのだが、電話の向こう彼女はむすっとした声で、用件はそれだけですか、と不貞腐れる。
「いや、俺も一人暮らしだが自炊はからっきしでな、ちょっと本気を出してみようかと思って本を買って作ってみたんだが」
頓挫してしまった作戦の名残を、雨彦はその場で即興のアレンジをする。
「思いの外、うまくできてな。お前さん、蓮根のきんぴらは好きかい?」
「え、好き」
やや食い気味に返事をした彼女は、もしかしたら今空腹なのかもしれない。幸い、レシピ本通りに作ってしまったから、たっぷり四人分ある。雨彦は食卓のきんぴらをちらりと横目で見てから、フッ、と笑って言った。
「食いにこないかい?」
「え?! いっ、いいんですか!?」
「ああ、お前さんさえよけりゃな。ついでに、初心者同志切磋琢磨し合って不経済をやめるってのはどうだい?」
それ最高じゃないですか!と小躍りそうな弾む調子で、彼女は電話の向こうで嬉しそうに微笑んでいる。ような、気がした。最寄り駅の名前を伝えて、雨彦は電話を切った。
本当なら、出来立てを食わせてやりたいんだがな。
幸せそうな苦笑交じりの溜め息を漏らして、雨彦はきんぴらの皿を丁寧にラップで包んだ。幸い、米なら炊きなれている。炊飯器にいつもの倍の米を仕掛けて、雨彦は最寄り駅まで車を走らせた。
結果オーライってやつかい?とシートベルトを締めてちらりと覗いたルームミラーには、やけに嬉しそうな自分のにやけ顔が映っていた。
作戦は、うまくいきそうだと思った。