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源氏兄弟に飼われる話 第16話

全体公開 5822文字
2018-08-21 18:57:04
Posted by @ayame0601s




 私がまだ、人間かどうか。
 鶴丸の言葉に、血の気が引いた。
 真っ直ぐ私を見据える彼の瞳は、強く、自分の意思を持ったもので。
 冗談なんかじゃない。彼は本気で私を疑い、人間かどうか試したのだ。
 人間ではない、何かと。
 何と、なのか容易に予測できてしまい、そこから生まれる緊張感が、内臓を締め付ける。

「え……と、どういう意味?」

 普通、人間かどうかなんて言われたら、どう思うのか。頭をフル回転させて考えた結果、咄嗟に出したのは疑問の言葉だった。
 普通の人が「きみがまだ人間かどうか」なんて言われたら、真っ先に疑問符が浮かぶだろう。
 鶴丸は私から目を逸らさない。私の一挙一動を見逃すまいといった強い視線に絡みとられ、体は萎縮するも、それを悟られないように平静を装う。

「どういう意味、か」

 鶴丸は私の言葉を復唱する。

「どういう意味も何も、そのままの意味なんだが」

 発せられたものは、まるで、分かるだろう? とでも言いたげな口調。有無を言わせないような圧のあるそれは、彼らしくない。
 それだけ彼の持っている確信が伝わり、その重みでますます体が縮こまりそうになる。

「そのまま……って、私が人間かどうか、鶴丸は本気で思ってるの?」
「ああ。正確には思っていた、だがな」
「どうしたの。私が宇宙人に見えた?」

 冗談でしょう、と笑い飛ばすのが普通か。どうしたのだろう、と本気で心配するのが普通か。何が普通か、会話をしながら正しい選択肢を模索する。
 結局、笑みを溢してしまった。それが乾いたものになっているのは、自覚がある。私は彼が言うように、嘘が苦手なのだ。
 けれど私がこの場に来た理由も思い出し、緊張を抑えるように、腹の底に力を入れる。
 鶴丸は、考え込むように口をつぐむ。ふっと伏せられた目元。視線が外れ、どこかホッとする自分がいた。

「俺は、きみの事が心配でしょうがない」

 視線と共に落とされた言葉は、どこか憂いを含むようなものだった。
 何の脈絡もないその言葉にどきりとしたのも束の間、ゆっくり上げられた彼の視線と、再び交じり合う。
 鶴丸は微かに眉を下げ、言葉通り心配そうな面持ちで私を見た。

「何か、悩み事はないか?」

 まさか、ここでその問いかけが出てくるとは思わず。ふと、既視感を覚えた。
 それは、鶴丸と飲んだあの夜にもされた質問と、同じもの。
 悩み事、という言葉に反射するように、不意にあの兄弟の事が脳裏を過ってしまった。
 鶴丸は私を見つめる。私の瞳を通し、心の奥を見ようとしている。

「悩み事、は」

 心臓の胸を打つ音が、やけに響く。何を言うべきか、ここで悩みが生じてしまう。
 私は私のために、何を言うべきか──

「悩み事は、あるよ」

 緊張で肺が震えた。声も震えた気がする。咄嗟に、視線を下へ落としてしまった。鶴丸の顔は見えなくても、視線は確かに感じる。
 だから会うのが嫌だったのだ。彼の、なんでも見透かしてしまう瞳がこわい。
 私は、嘘が得意ではない。

「悩み事は……鶴丸の事だよ」

 声のトーンを落とせば、思いの外、震えは目立たなかった。
 顔を上げて、鶴丸と目を合わす。彼はほんの少し目を見開いた。

「鶴丸は、人をナイフで刺すなんて事……しない、よね?」

 鶴丸の表情はほとんど変わらない。けれど、彼は私の言葉で、確かに小さく息を呑みこんだ。
 それはごく僅かな反応だったけれど、今まで安定していた彼の心情が、微かに揺らいだように見える。
 この反応……膝丸の話は、やはり本当なのかもしれない。
 話の主導権が若干こちらへ傾いた事をきっかけに、このまま本題へ入ってしまおうと、覚悟を決めた。

「今日、私はその事を直接聞きたくて、来たんだけど」

 言葉を選びながら話すようにすれば、自然と口調はゆっくりになる。早口になっては駄目だ。後ろめたい事がある時ほど、人間は早口で捲し立てるのだと、どこかで聞いた覚えがある。
 鶴丸の様子を窺うも、彼は視線をそのまま私へ返すだけだった。

「勘違いだったり、その、間違いならいいんだけど……

 間違いなら、どんなにいいか。鶴丸が人を刺すなんて、間違いならどんなにいいか。
 鶴丸は私の問いに、沈黙している。

……何故」

 間を置いた後、彼が溢したのはたった一言だった。思わず、え? と聞き返す。

「何故、きみはそう思ったんだい」

 口調は最初ほど強くはない。けれど動揺も微塵もない。
 先ほど微かに見えた心の揺れは消え失せ、鶴丸は再び私を見定める。
 彼から出たのは、否定の言葉ではなかった。否定して欲しかった。否定してくれれば、この話を終わらす事ができたのに。

「それは」

 鶴丸の視線を返しながら、言葉を紡ぐ。

「それは、知人が大怪我を、して。刺されたって言っていたから。……鶴丸に」

 嘘は、言っていない。確認したかった事に、偽りはない。だから後ろめたさを感じる事はないのだと、必死に言い聞かせた。そうでもしないと、平静さを保てなかった。
 鶴丸の顔色は、もう変わらない。彼は、この会話の流れを既に予測していたのだろう。私をしばらく見ていた後、「そうか」と、溜め息混じりに呟いた。

「半分合ってるが、半分合っていないな」
「何が、」
「あれは人じゃない」

 断言したその言葉に、息を呑んだ。

「な、に、 言ってるの」
「人を、刺したかどうかの答えは否だ。だが、きみの知人というのは間違っていない」
「まって、意味が分からない」
「確かに俺はきみの知人を刺したが、あれは人間じゃない」

 彼は淡々と言い直す。そこにあまりにも感情がなくて、背筋に冷たいものが走った。
 あれは、人間じゃない。
 断定的な物言い。鶴丸の瞳に揺るぎはない。

『僕達は銀が苦手でね。体が受けつけないんだ』

 髭切の言葉を思い出す。

『それを知っているなんて、僕達の事に詳しいとしか思えない』

 膝丸を銀のナイフで刺した事が事実なら、鶴丸があの兄弟を疑っている可能性は、むしろ高い気もしていた。その上で、何度も頭の中でシミュレーションしていたはずなのに。
 いざ、鶴丸の口から直接聞くと、受ける衝撃が違った。
 あの兄弟の正体がバレているという実感はもちろんの事、鶴丸が、膝丸を刺したという、事実。
 膝丸の、瀕死の様子を思い起こす。脇腹から流れ出る大量の血と、命が今にも消えてゆく様子。

 それを、鶴丸が。大学の頃から仲の良かった鶴丸が、本当に引き起こしたというのだ。

 確定した真実から受けるショックは、思った以上に大きかった。

「鶴丸……自分が何を言ってるのか、分かってるの?」
「ああ」
「本当に、刺したの? 彼を。人間じゃないとか、本気で言ってるの?」
「ああ、本気さ。きみは分かってると思うが」

 信じがたいほど、彼は冷静だった。そこに、あの兄弟が人間ではないという確固たる自信があるのは、滲み出ていた。
 もうきっと、私が何を言っても無駄だろう。いくら足掻いても彼の自信は崩せないと、悟ってしまった。
 でも。それでも。

「申し訳ないけど、私には何を言ってるのか分からない」

 それでも私は、嘘をつかなければいけない。

「人を刺すなんて、犯罪だよ、なんで、そんな事を」
……
「それに人間じゃないって……訳が分からない。そんな、SFみたいな」
「吸血鬼だろう?」

 被せてきた言葉に、口を閉じた。鶴丸は真っ直ぐ私を見つめる。

「吸血鬼なんだろ。彼らの正体」

 小首をかしげて問われ、言葉が詰まってしまった。
 わざとだ。
 鶴丸はわざと私に問いかけて、些細な反応を見逃すまいと注視している。

……正気?」
「ひどいな。頭は至って問題ないぜ。頭はな」

 鶴丸はおもむろに、自身のタートルネックの襟首へ指をかけた。そしてそれを、ぐいっと下へ引き下げる。
 あらわになった首筋。そこにある痕に、言葉を失う。

「刺さなけりゃ、こっちが殺られてた」

 私が見たのを確認すると、鶴丸はゆっくり襟首を戻した。
 見覚えのあるその痕は、私の首筋にも存在している。
 動かぬ証拠に、言葉が出てこない。

「この前の話の続きだが」

 首元を擦りながら、鶴丸は話を続ける。

「吸血鬼を信じてないわけじゃない。むしろ、居ると思っている。……幼い頃から、ずっと」

 言いながら視線を落とした彼は、呟くように言った。それは、昔を思い出しているかのようにも見える。
 私はというと、何も発せずにいた。自分が想像していたよりもずっと、彼は強く吸血鬼の存在を信じ、それはきっと、ちょっとした事では揺るがない。
 何がそんなに彼を信仰深くしているのかは、計り知れないけれど。私は、考えが甘かったのだ。いくら私が何かを言ったところで、何も変わらないのかもしれない。
 鶴丸をあの兄弟に近づけさせないようにする事は、出来ないのかもしれない。

「私は……吸血鬼だなんて、信じられない。そんなおとぎ話の存在」

 出た言葉は、棒読みになっている気がした。呆れる。どこまで嘘が下手なのだと、自嘲すら溢れる。
 鶴丸は、目を細めて私を見た。案の定、疑っている。けれどそんな事、もうどうでも良かった。

「鶴丸、もうあの二人に関わらないで。鶴丸に刺された事、すごく怒ってる。……見つかったら、殺されちゃうよ」

 本心だった。それを伝えたくて、ずっと鶴丸に会いたかったのだから。もう、それだけを伝えられたらいい。
 これ以上、あの兄弟に近づいてしまったら。今度こそ、殺されてしまう。
 村人が集団で襲ってきた話を懐かしむような闇の生き物に、鶴丸が一人でどうこうできるなど、到底思えなかった。

「仮に、人間なら」

 鶴丸が口を開く。

「それでも物騒な話だな。彼ら、ヤクザか何かかい? あの成りならマフィアの方が似合うか」

 あの兄弟を思い浮かべるように、鶴丸は宙を見つめる。そこに、私が思い描いていたシナリオも映っているような錯覚を起こす。
 吸血鬼という単語を使わず、何とか鶴丸を遠ざけられないかと考えた、私の拙いシナリオが。
 吸血鬼だなんて、口が裂けても言えない。あの二人に飼われている以上、交わした約束を破るわけにはいかない。それなら、どうやって鶴丸を彼らから遠ざけるか──殺される可能性があるものなんて、ヤクザだとか、そういう裏の世界のもの以外、思い付かなかった。
 けれど、鶴丸には通用しない。こじつけのようなシナリオを、彼は見透かしている。
 私の小細工などお見通し、と言われているようで、泣きたくなった。
 私はただ、鶴丸が殺されてしまいそうで、怖いだけなのに。それを避けたいだけなのに。

「お願いだから……これ以上、近づかないで。しばらく身を隠してて。本当に、殺されちゃうから」

 頭を下げる。声は震えているし、必死だった。彼を言いくるめるなんて、始めから無理もいいところだったのだ。でも、たとえあの兄弟の正体がバレていようが、私の口から肯定する事は、到底できない。
 私が出来る事は、鶴丸がこれ以上彼らに近づかないよう、ただただお願いする事。
 はっきりした理由も告げられず、ただ頭を下げる事しか出来ない。
 それだけしか、出来なくなってしまった。

「なあ……顔をあげてくれ」

 鶴丸が、私の名を呼ぶ。それはどこか、子供に言い聞かせるような柔らかい響きを含む。
 顔をあげれば、困ったように眉を下げる彼と目が合った。

「俺は、ただきみが心配だったんだ」
「え……
「あの時、きみは怯えていただろう? きみと最後に飲んだ日」

 鶴丸と最後に、飲んだ日。帰りにあの兄弟と会ってしまったその場面が、脳内で再生される。
 ここで会いたくなかった、と思っていた。そして鶴丸の、彼らを見た怪訝な表情。

「だいたい、彼ら、どこかで見た事ある気がしていた」

 鶴丸は両手を首の後ろに回す。
 十字架のネックレスが外れる。磨きあげられたそれが、光を反射した。

「これは親の形見なんだが」

 外したそれを、鶴丸は大切そうに撫でる。
 ──形見。
 何となく先を察してしまい、息が詰まった。

「俺の親は、奴らに殺された」

 鈍器で頭を殴られたようだった。衝撃が走り、上手く言葉を処理できない。
 鶴丸の、親が。
 奴ら──あの二人、に?
 言葉が、何も出てこない。
 本当、なのだろうか。本当に、あの二人が鶴丸の親を。
 吸血鬼の存在を信じていない時なら、半信半疑だったかもしれない。
 けれど彼らの存在を知ってしまった今なら、鶴丸の言葉に真実味が生まれる。重く、重くのしかかり、私がどうこう介入できる問題ではないのだと、突きつけられた。
 鶴丸は、静かに立ち上がる。何も言えない私に対して、追及するわけでもなく、ゆっくりこちらに近づいた。
 そして私と目線を合わせるように、腰を下ろす。

「きみは分かりやすいからなぁ。あんなに怯えてたら、心配にもなるぜ」

 そう言いながら、鶴丸は手を伸ばした。思わず肩が跳ねるも、その手を払う事は出来なかった。
 彼の両手が、私の首の後ろに回る。
 金具の擦れる微かな音。彼は、私の首元に視線を落としながら、言葉を続ける。

「彼らと一緒に居ると思うと、心配で仕方がなかった。酷い事をされていないか。ましてや、彼らの仲間にされてやいないか」

 十字架のネックレスを私につけた鶴丸は、静かに目線を上げる。
 彼の長く、色素の薄い睫毛が、はっきり見えるほどの距離。
 黄金色の瞳が、真っ直ぐ私を見つめる。

「きみはこれ以上、俺にあの二人と接触してほしくないんだろう? それなら、一つ条件がある」

 鶴丸の真剣な表情に、息を呑む。
……条件?」何とか発した言葉は、ただの一言、聞き返すだけになってしまった。
「ああ」そう頷いた鶴丸は、言葉を繋げた。

「このまま、俺と一緒に来てくれ」



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