@toasdm
今ご自宅ですか?の連絡を受けて、ゆるむ頬を彼女は押さえた。確か今日は遠くの海まで潜りに行く予定だと聞いていたから、会えるとは思っていなかったのだ。クリスは必ず、訪問の前に連絡を、どんな形であれ入れてくれる。会いたい、の言葉は、二人の口から同時に飛び出して、笑いを誘った。
「おじゃまします」
丁寧に靴を脱ぎそろえたクリスが家に上がりこんで、クーラーボックスを肩から下ろして一番最初にしたことは、彼女を持ち上げるようにきつく抱きしめて、キスをすることだった。会いたかった、の言葉に嘘偽りはなく、たかが半日程度顔を見ないだけで切なくなる胸は、二人の恋がまだ瑞々しいのだと物語っているようだ。
「早速ですが、あなたに是非見ていただきたいものがあったのです」
これのために新幹線で四時間かけて帰ってきました、とはにかんだように微笑むクリスがクーラーボックスをバクンッ、と開けると、そこにあったのは極彩色。
「わぁ……す、すごく、カラフルですね……!」
「ええ、綺麗でしょう? ヒオウギ貝です」
「ヒオウギ貝……?」
初めて耳にする名前に、彼女はクリスを見上げた。にこっと穏やかに微笑んで、クリスは橙色の鮮やかな貝をひとつ手にとって彼女に見せる。
「イタヤガイ目イタヤガイ科の二枚貝、産地の伊勢志摩ではアッパッパ貝やチョウタロウ、虹色貝などと呼ばれています。ホタテの仲間、と言えばわかりやすいでしょうか?」
「ホタテなら! ホタテならわかります!」
ぱぁっと顔を輝かせた彼女の目の前のそれは、確かに少し小ぶりなホタテといえるが、特徴的なのはその鮮やかな色合いだ。橙色、紫色、黄色に紅色。虹色貝と呼ばれるのも頷けるようなカラフルな貝が、クリスの持参したクーラーボックスにぎっしりと詰め込まれていた。
「この色合いは、天然物では稀なのです。ある程度遺伝の要素があるのはわかっているのですが、なぜこのような鮮やかな色になるのかはまだ解明されていないのですよ」
「これ……着色したんじゃないんですよね?」
「ふふふ、そうです。自然にこのような色になるそうですよ。市場に出回る鮮やかな色合いのものは、前述の通り遺伝的要素に左右されるので、鮮やかな色の個体から採卵して養殖しているそうです」
輸送にも不向きな為、産地では一般的でも市場では珍しい、と海の神秘を手にしたクリスは、味もホタテに似ていますよ、とバッグからエプロンを取り出した。キッチンお借りしますね、と手際よく極彩色の貝を処理して、クリスはあっという間に海の宝石をグルメへと変えてしまった。
「わ……す、ごい……」
「こちらのバターソテーにはこの白ワインが合います」
バッグの中からワインボトルを取り出してそれをテーブルに置く。何が入っているのかわかったものではない、と苦笑する彼女に微笑みかけてクリスは続けた。
「こちらの酒蒸しには、この日本酒を使いました」
「ふふふふっ、クリスさん、何屋さんなんですか?」
ソムリエなのかシェフなのか、海鮮卸の商人なのかわかりません、と腹を抱えて笑う彼女を抱き寄せて、クリスは優しくキスをして言う。
「アイドルですよ、今は、あなただけの」
冷めないうちにいただきましょうか、と急遽始まった鮮やかな色の酒宴に、二人はグラスを軽く打ち合わせて料理に舌鼓を打った。どれも新鮮で美味しく、見た目はもちろん味も鮮烈な記憶になって刻まれた。
「味までホタテっぽかったですね……おいしかったぁ」
「ええ……ふふっ、あなたに喜んでいただけて、嬉しいですよ」
食器を洗うついでに貝殻も手にとって、クリスはそれも丹念に洗った。軽く水気を切ってライトにかざすと、持ってきたときよりも一層鮮やかに輝いている。
「なんだか、捨ててしまうのが勿体ないですね」
「そうですね……でしたら」
キッチンペーパーで水気をしっかり拭き取ると、クリスはそれをシンクの端にちょんと置き、再びバッグを漁った。
「アイドルでもありますが、石鹸屋さんでもありますので」
冗談ばかり言うクリスがおかしくてまた笑う彼女を抱きしめて、クリスは飾った貝殻の上に半透明の深い青色をした石鹸をひとつ、ぽんと乗せた。
「こうしておけば、飾りとしても実用品としても、思い出と一緒に生活できますよ」
ほのかに海の香りのするその石鹸はどこか、クリスの香りに似ている気がした。日々に思い出の彩を添えるような二人の恋は、今日はキッチンを中心にゆったりと、流れていった。