「年頃の健康的な男女が一晩一緒にいて、なんの事故も起こらないって言えるかなー?」
台風の影響で事務所に取り残されてしまった想楽君とPさんのお話です。
@toasdm
大荒れになるとは聞いていたがここまで酷いとは思わなかった、と二人は同時に溜め息をついた。見合わせた顔はどちらも困り顔で、外の豪雨の音にかき消されそうな溜め息が、二人きりの事務所の中でふわりと漂って消えた。
「どうしよっかなー」
「どうしましょうか……」
二人とも傘は持って出てきたが、既に傘が何の役にも立たなくなってしまっていることは、窓を割るように激しく叩きつける雨音が教えてくれている。
「私の家、ここから歩いて十五分くらいですけど」
「うーん、お外に出た瞬間に死を覚悟するんじゃないかなー」
この台風では仕方がない、と諦めてまたソファに沈んだ想楽は、スマートフォンで台風情報を検索している。
プロデューサーとして彼女は、想楽の体調を管理する義務がある。こんな事務所で夜越しをさせるなどできるはずもなく、さりとてこの悪天候では外に出れば風邪を引かせてしまう可能性もある。缶詰状態だ、と頭を抱えた彼女の後ろで、想楽はスマートフォンから顔も上げずに呟く。
「予報だと、一晩中こんな感じみたいだねー」
「はぁ……私は大丈夫ですけど、北村さんはしっかり休ん――」
「そういうの、よくないと思うよー?」
のんびりとした口調はそのままだというのに、想楽のその一言はやけに凄みがあった。え、と振り向いた彼女をじっと見つめる想楽は、くりくりとした瞳でキッと彼女を、まるで睨むかのように見つめている。
「自己犠牲ー、美徳かそれとも、自己満かー……」
「……」
はぁ、と先ほどとは別な溜め息をついて、想楽は立ち上がって彼女のデスクに歩み寄る。
「自分はいいけどーなんて、軽々しく言っちゃだめだよー」
「す、すみません……」
「僕みたいな子供でもわかるよー? 自分の事も大事にできない人が、本当に本心から人を大事にできるのかなー、って」
「う……」
おっしゃるとおりです、とうな垂れた彼女の肩にぽんと手を置いて、想楽は続けた。
「それにさー」
ぐい、とその肩が引き寄せられて、いつの間にか彼女は想楽の腕の中にぽすん、と抱き込まれる。え、と見上げた彼女をじっと覗きこむ想楽の瞳は、先ほどの睨みを僅かに残した、別な色を宿している。
「一応僕だって男なわけだしー?」
「な、あ、えっ?!」
「年頃の健康的な男女が一晩一緒にいて、なんの事故も起こらないって言えるかなー?」
「?!」
にまりと歪んだ口元が、なにやらとんでもないことを言っている。あわあわと言葉の出ない彼女にずいっと顔を近づけて、鼻先が触れるような距離で想楽は少しだけ目を伏せて、視線を合わせて言う。
「プロデューサーさんが言ったんだよねー? 私は大丈夫ですけど、って――」
「あ、あ、あの」
「…………っふふ」
目を細めて笑い、想楽は一度だけ強く彼女を抱きしめてから、空に放鳥するようにゆっくりと彼女を解き放つ。くたりと力の抜けた彼女に悪戯を仕掛けた想楽はくるりと踵を返してまた、ソファへと戻った。
「もう少ししたら雨も少しだけおさまるみたいだし、そしたらお邪魔してもいいかなー?」
「え……」
混乱する彼女ににっこりと微笑んだ想楽は、悪びれた様子もなく彼女に宿を求めた。
「プロデューサーさんのおうちなら、ここより落ち着いて寝られるでしょー?」
「あ、う……は、はい……」
うちでよければ、とパソコンに向き直った彼女の頭の中で、先ほどの想楽の言葉が繰り返される。
――年頃の健康的な男女が一晩一緒にいて、なんの事故も起こらないと言えるか?
起きたとしてもそれは事故だよー、と茶化すように言う想楽を振り向きもせず、彼女は黙々と仕事に逃げた。
雨はまだ、事務所の窓を強く叩き続けていた。