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68.惑わされていたのは/杏海

散@booth通販開始
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2018-08-29 10:22:55

杏子と海馬くんシリーズ追加。『小麦色の~』との因果関係はなし。女の子に恋する海馬くんって実は全く想像できなかったんだけど、最近は「いや、女の子を相手に恋も出来る!」と思い始めたwこの二人の微妙な距離感を考えると凄く萌えます(勝手に……)

「それ、誤解される元だから、考えた方がいいわよ」

 狭い空間に犇めき合うクラスメイト達の賑やかな声に敢えて上手く混ぜ込みながら、私はちょっとした忠告のつもりでそう言った。その言葉を言われた彼は酷く怪訝な顔をして、改めてまじまじと私の顔を見つめてくる。

 その、眼差し。

 本人的には特にどうという事も無く、至って普通に『目線を寄越している』だけのものかも知れないけど、見る人が見れば、凄く熱心に見つめているように見える。今もただの業務連絡で彼と会話を交わしていたこの私でさえ、ちょっとたじろいでしまう程その眼差しは真剣で、彼が私に何か特別な感情を抱いているんじゃないかって思ってしまう。勿論あり得ない話だけど。

 兎に角、その眼差しは沢山の人を勘違いさせていた。

 現に勝手に惑わされている人間を私は十数人単位で知っている。

「何がだ」

 ほんの僅かの沈黙の後、彼……知る人ぞ知る有名人の海馬くんは、少しだけきょとんとした顔をした後、若干首を傾げて見せた。その仕草はそれまでの大人っぽさと対照的に酷く子供じみている。

「何がって、そのじっと人を見つめる癖の事よ」
「貴様は人と話をする時に目を見て話せと言われなかったのか」
「それは言われたけど、そこまでじっと見られると落ち着かないのよ」
「何故だ」
「普通の人はそんなに真剣に人の顔を見たりしないの!恥ずかしいじゃない」
「何が恥ずかしいんだ」
「海馬くんには、こういう気持ち、分からないかもね」
「ああ、分からないな」

 それで、話は終わりか?とそれまでの熱心さが嘘のようにふっと瞳の力を抜いた海馬くんは、まるで何かのスイッチを切り替えた様に私の顔から視線を外して、手元のスマートフォンに集中してしまう。この切り替えの早さも特徴的で、普通の人間はこんなにきっぱりと物事を移行できない。こんな彼の態度もやっぱり周囲を勘違いさせている。熱心に見つめたかと思えば、あっという間に興味を無くす。熱いんだか冷たいんだか分からない人。まぁ、私は慣れたものだけど。

「とにかく、提出は今週中だからお願いね。出さなかったら取りに行くから」

 もう聞いていないとは分かっていても私は念を押すようにそういって、彼に話しかけた要因であるプリントをわざとらしく机の上に叩きつけた。邪魔だ、鬱陶しい、最後にそんな言葉を浴びせられるのを覚悟して。けれど、彼はそのどちらも口にしないで、ただ漫然と顔を上げた。こんな事は初めてだった。

「どこに?」
「え?」
「だから、提出しなかった場合、貴様はどこにこれを取りにくるのだ。自宅や会社にまで押しかけてくるつもりか?」

 そう言いながら投げつけられたのは真っ直ぐな眼差し。あの人を勘違いさせる、熱心な。その瞬間私はある事に気づいてしまった。彼の『この』視線はある特定の人物に向けられている物なのだという事を。そしてその『特定の人物』の中に私も入っている事を。

 何故なら、その口元には見た事も無いほど優しい笑みが浮かんでいた。
 その笑みに意味がないなんてそれこそあり得ない位に。

「……その方が楽が出来るな」
「それってどういう意味?わざと私に取りに来させるつもり?」
「貴様が言い出したんだろうが。己の職務は真っ当しろよ」
「ちょっと……!」
「恥ずかしいという割には、貴様の方が熱心にオレを見ている」

 気づかないと思ったか。そう小さく呟いて彼は今度こそ私を振り払い、席を立って教室を出て行ってしまった。彼の持つスマートフォンのディスプレイが点滅していたから、きっと電話でもかかって来たんだろう。

 ……タイミングが良かったというべきかしら……あのまま彼と見つめ合っていたら何か妙な事になっていた気がする。……ううん、もうなっている気がするけれど。

 机の上に放置されたプリントを悔しまぎれに指で弾くと、私はさっさと自分の席に向かって歩き出した。あの眼差しは誰にでも向けるもの。そう思っていたのに、そうじゃなかった事に動揺しながら。それ以上に、私が意味を持って彼を良く見ていた事に気づかれた事が恥ずかしかった。

「どうしたの杏子、顔が赤いよ?」
「なんでもないの!そろそろ先生が来ちゃうから座りましょ」

 席に近づくと、いつもの面子がダラダラとした態度でたむろっていた。戻って来た私の顔を見た遊戯が余計な事を言った所為で皆の視線が一気にこちらに集中したけれど、海馬くんに見つめられた時の様には動揺も、緊張もしなかった。

 もちろん、恥ずかしいなんて事はない。

 あの視線に、一番惑わされていたのは私だったのかもしれない。そう思いながら椅子が引かれたままの彼の席を振り返り、私は一人でこっそりと微笑んだ。

 プリントを口実に彼の家に行くのもいいかもしれない。そして、さっきの会話の続きをしたいと思った。

 まだ、何も始まってはいないけれど。


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