ぴかぴさんリクエスト、「攫われユタくん」です。前半暗い話ですが、最後ちょっぴりほっこりさせるので許してください。それにしても僕、最近テユばっかり書いてるな……これドヨン夢なのに←
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@risa_natsuko
ユタ視点
目を覚ますとそこは車の後部座席だった。体を動かそうとしても、後ろ手に拘束されていて出来ない。感触からして結束バンドだ
「なん……や、これ」
「じっとしててください」
運転席から声がした。なんとか体をよじってドアに凭れ、バックミラー越しに男を見る。男じゃない。少年だ
「…えらい度胸の子供やな。遊撃隊に欲しいくらいや」
「その遊撃隊の話ですけど、かなり問題があるみたいですよね。薬物常習者にすりに万引き、おやじ狩り」
「今はもう足を洗っとる」
「そんなの誰が信じるっていうんですか。金も家も親もない犯罪者が足を洗ったなんて言っても、証拠さえ出れば終わりだ」
「脅迫のつもりか?」
俺はジェミンを本格的に探偵として鍛えると決めた時、探偵としての心構えを教えた。まず自宅や持ち物、自分の周辺について常に把握しておくこと。探偵は敵を作りやすい。俺もジェミンも過去から言って、誰かに陥れられたら無実を証明するのが難しい
薬を仕込まれていないか、何か怪しいものがないか、常に警戒していろと。どんなに片づけが苦手でも、監視カメラや定期的な片付けでチェックを怠らない
俺は尻ポケットを探った。いつも入れている小さなナイフがない。攫われた時に取られたか。その時のことを思い返してみた。テヨンが仕事に行くついでにいろはを送っていって、俺は少し遅れて家を出た。エントランスを出てすぐに、背後からスタンガンをあてられた
「俺に何か恨みがあんのか。せやったらすまんけど、俺あんたのこと知らんわ。会ったことある?言っとくけど薬に溺れてた頃だったら記憶ない可能性あるで」
「会ったことはないですよ。大丈夫」
「てことは雇われたんやな。俺に会いたい言うてんのは誰や。依頼やったら事務所来い言うてくれへんかな」
すると少年はミラー越しに俺をちらっと見た。特に感情は読み取れない
「日本人なんですか」
「そうやけど……だから?まさか日本人憎しでこんな事件起こさへんよな」
「俺、中国人なんです」
「知っとるよ。韓国語うまいね」
少年は怪訝な顔をする
「イントネーションでわかる。知り合いに中国人多いから。俺に行き先悟られたくないのかカーナビ使ってへんけど、手元のスマホ何度も見てる。運転に慣れてないだけやない、ソウルに慣れてへんのやな」
「……」
「探偵ってことは知ってんのやろ。色々読めて来た。韓国で育ってはいるけど普段過ごすのは中国コミュニティ、だから訛りが残っとる。免許は取れる年齢やけど慣れてない。そんな前のめりになっとったら事故るで」
少年はそれきり喋らなくなった。俺は必死に車の外を観察する。ソウルから少し離れたらしい。どれだけ寝ていたのか
都心から離れ、林の中の道を抜けていく。やがてホテルのような場所についた。さびれた場所で、人の気配はあまりない
少年は俺から取り上げておいたらしいナイフを出して、俺の結束バンドを切った
「大人しくついてきてください。何かあればまずはナ・ジェミンだ」
「…わかったよ」
ジェミンに何かあったら再発しかねないし、名前さんが正気じゃいられないだろう。この間の事件でも思ったが、彼女は幼い頃のことで今でも負い目に思っている
部屋は俺の名前で取ってあるらしい。背後から指示を出してくる少年に従い、不愛想なフロントの男から鍵を受け取ってエレベーターに乗った。3階に部屋はあるらしい
「なぁ…何するつもりは知らんけど、一応言うとくと俺ゲイやからね。まさかそのことで嵌める気ちゃうやろな。俺に連れ込まれたとか何とか」
「ないですよ。俺もだから」
思わず足を止めた。日本の数え方でまだ10代、外国人、同性愛者、人と目を合わせず、抑揚のない言動
まるで俺自身だ
「帰る」
「ナ・ジェミンがどうなってもいいんですか」
「なぁもうよそう。ここで解放してくれたら俺何も言わへん。あんたの名前も知らんし、警察にも言わんといてやる。せやからあんたも考え直して。あの人に従ったらあかん」
「自業自得だとは思わないんですか。俺がこんなことするのはあなたのせいなのに」
恐怖で体がすくむ。あの時は名前さんとドヨンが助けに来てくれた。テヨンが守ってくれた。今は誰もいない。俺が今どこにいるか、誰も知らない。ジェミンたちも、自分達が脅迫材料にされていることを知らない
こみあげる吐き気を押さえながら、少年について行く。彼は俺の手から鍵をとると部屋のドアを開けた
「ヨンウル、遅かったな」
「…ごめん。連れてきたよ」
背中をドンと押されて、俺は部屋に入る。部屋の奥のソファに座っていた男が俺を見た
「やぁユタ、久しぶりだね」
やめろ
やめてくれ
その声で俺の名前を呼ぶな!!
「何の用ですか、先生」
テヨン視点
JH「テヨン兄、被害者の携帯の通話記録調べてたんだけどさ」
ジェヒョンがファイルと珈琲を手にやってくる。両方受け取り、珈琲を飲みながらファイルを開いた。僕好みの甘いカフェオレだ
JH「一時間に8回も電話を受けてた。例の元同級生だよ」
「やっぱりストーカーの線が濃いかなー…借金も怪しいと思ったんだけど」
JH「親の借金押し付けられた挙句ストーカー……これで犯人野放しじゃ浮かばれないよね」
ジェヒョンは正義感が強いが、元々割り切った性格だった。そうでないと判断を鈍らせるからだ。淡々と事件を捜査し、犯人を挙げる。だがここ数年の彼は少し様子が違って思える。それが被害者であれ加害者であれ、理不尽な境遇にある人に同情的になった
―――親だから、子だから、恋人だから
―――子供だから、女性だから、外国人だから
―――世の中には馬鹿みたいな理由で馬鹿みたいな理不尽を味わる人が多すぎる
ドヨンの死亡宣告をしたとき、ジェヒョンは名前さんを抱き締めて必死に涙をこらえていた。家族にも友人にも恵まれず、独りぼっちでいたところを助けてくれたのがドヨンだ。ボロボロになった彼女を見ているのは僕も辛かった
その身に降りかかる過去の不幸を淡々と見つめ、これから起こる不幸に怯える彼女を見ていると、警察がどれだけ無力か思い知らされるようだ
通話記録だけじゃ令状は取れない。もっと情報をと思って洗い直していると、警部補のオフィスからドヨンが出て来た。携帯を耳に当てている
DY「テヨン兄、今日ユタ兄見た?」
「そりゃ一緒に住んでるし……何かあったの?」
DY「今名前と話してる。ジェミンからユタ兄が事務所に来ないって電話があったらしい。依頼人が来る予定だったのにおかしいって」
いやな予感がして、僕はデスクの電話でユタに電話をかけた。電源が入っていないらしい。ますますおかしい。いつ依頼があるかわからないからと、基本的に彼は電源を落とさない
DY「落ち着け名前、捜索願はまだ出せないけどテヨン兄とジェノを事務所にやる。それとお前は余計なことするな。トラブル引力が台風に発展したら困る」
JH「テヨン兄、行っていいよ。こっちは俺が引き継ぐから」
「ごめん!!」
僕は資料をジェヒョンに預け、分署を飛び出した。車を飛ばして向かったのは自宅だ。身代金目的とは思えないが、犯人から連絡があるとしたら事務所か自宅のどちらかだ携帯はおそらくない。警官の携帯は盗聴防止カスタムされてはいるものの、ボタンひとつで録音出来るようになっている
僕は家に戻ってすぐにユタの部屋を捜索した。片付けが苦手なユタは月一でしか片付けしない。それも片付けるというよりは点検と言った様子だ。ベッドの上も散らかっているので寝るときは僕のベッドに来ることが多い
特に手掛かりはない。ユタは仕事で扱った重要な情報は事務所に置かず、家の鍵付きの戸棚に隠している。何かあったら開けていいと言われているが、特にそれらしいものはなかった
その時電話が鳴った。だが僕の携帯だ
「もしもし」
TI『テヨン?今話せる?』
「どうかな……ユタが行方不明なんだ。何かあったの?」
テイル兄が電話の向こうで息を飲んだのがわかった。深呼吸してから続ける
TI『もしかしたら関係あるかもしれない』
「…どういうこと」
TI『今から俺は重大な守秘義務違反をするから、オフレコで頼む。実を言うと俺の患者もひとり行方不明なんだ。それも昨夜から。48時間立っていないから警察に捜索願は出してない。その子は高校を卒業したばかりで、同性愛者だ』
血の気が引いた。嫌な予感がする
「…その子の高校はどこ」
TI『花様高校。ユタと同じだ』
僕は思わず蹲り、頭を抱えた
TI『その子は学校でいじめを受けて、不登校気味だったそうだ。一人とても親身になってくれる先生がいたそうなんだけど、その彼が学校を突然やめてしまって会えなくなったことで不安定になった。両親が俺に診察を頼んで来たんだけど、彼は治療に乗り気じゃないのかあまり話してくれなかったね』
「…その子がユタに何かしたと思う?」
TI『したとしても主犯じゃない。母親によるとここ最近機嫌がよくて精神面も安定していたそうだ。何かいいことがあったのかと聞いても答えなかったらしい。その矢先に突然いなくなったからまず俺に連絡が来た』
「すぐにそっちに行く。住所教えて」
テイル兄に聞いた住所に行くと、ドアの前でテイル兄が立っていた
TI「知り合いの警官に頼んだことにしてある。一応ユタのことは話してない」
「それでいい。まだ何もわかってないし、容疑者だとわかったら息子を庇うために追い出されかねない」
TI「テヨン……ご両親は息子さんを心配してるんだよ」
「僕だってそうだ」
ヒョンの案内でその子の部屋に入った。ごく一般的な男子の部屋だ。強いて言うなら、少し質素に見える。本棚や机の引き出しを捜索するが、何も出てこない。PCを開こうとすると、パスワードがかかっていた
「…ッくそ、サイバー班に頼んでる時間はない」
TI「どいて」
テイル兄が何度かキーボードを叩く。2度パスワードを間違えて、3度目で開いた
TI「診察であの子が好きな映画をいくつか聞いたんだ。そこから推測した」
「さすがセラピスト。メールは…使ってないか。SNSのアカウントがわかればいいんだけど」
TI「ご両親に聞いてくるよ。それと、令状取った方がよさそうだよ」
「証拠が足りない」
TI「足りるよ。ほらこれ」
テイル兄が部屋を出てから僕は彼がベッドに放った本を拾い上げた。本ではない。鍵付きの箱だ。中を見て思わず取り落とした
そのほとんどがユタの写真だ。僕たちの家から出て行く様子や事務所に入っているところ、ジェミンと街を歩いている様子もわかる。だがそれだけじゃなかった
写真を繰っていくとだんだんジェミンの写真が増えていった。ロンジュンやチソン、そのほかの不良仲間達の写真だ。偏執的な写真というより、探偵しているように見える。そのうちの一枚で、ジェミンと目が合った。僕は急いで電話をかけた
JM『…テヨンさん!!見つかった!?』
「ジェミン、お前ここ数日誰かにつけられてなかった?同じ年頃の男に」
JM『……先週まで。兄貴の付き添いで回復ミーティングに行った時に俺を見て好きになったとか言ってたよ。好きな人がいるって断った。これ以上ストーキングを続けるなら通報するって。プロじゃなかったし、仕事とは関係なさそうだったから警戒してなかったけど…』
「今すぐ事務所と家を捜索しろ。他の仲間達にも同じように指示を出せ」
JM『どういうこと!?』
「いいから早く!!ユタをさらったやつが人質にしようとお前達を嵌めようとしてる!!薬のひとつでも見つかったら終わりだぞ!!」
ユタの弱みはいろはと僕とジェミンだ。僕は警官で、いろはの周りにも警官が多いので隙が無い。だがジェミンは彼自身脛に傷持つ身で、仲間達も町の不良として地元警察にマークされている。嵌めるのは簡単だ
ユタはジェミンを弟のように大事に想っている。彼を人質にされたら抵抗出来ない
TI「テヨン、お母さんからアカウントを聞いて来た。ただパスワードがわからないから…」
「令状を取る。そうすれば通信会社に言ってパスワードを開示させられる」
僕は警部に電話して令状を取ってもらうよう頼み、すぐにドヨンに電話した
DY『ヒョン、ジェノから電話でユタ兄の事務所に安物の盗聴器と薬が仕込まれてた。誰かが嵌めようとしてる』
「容疑者は既にわかってる。今から言う住所に応援寄越して。ユタが危ない」
ユタ視点
「お前のおかげで散々な目に合ったよ」
先生は左手で右手の拳を受け止めながら言った。ヨンウルと呼ばれた少年は俺が逃げないようにか背後から腕を掴んでいる
「職も家族も全て失った。子供もだ」
「自業自得やろ。これで何度目や、誘拐すんの」
「探偵のくせにガードが甘いな」
そう言って先生は俺の腹に思い切り拳を叩き込んだ。続けて顔に二発。口に鉄の味が広がった
「…かはっ」
「それにあの男だ。あの警官の、俺を殴って歯を折った。男に好かれそうな顔をしていたな。どっちが女役だ?お前、そっちも出来るんだったか?」
「テヨン侮辱したらお前を殺してやる」
再び殴られた。ヨンウルは何も言わず俺を羽交い締めにしている
「あのジェミンとか言う不良、その周りにいるのにも、結構可愛い子がいたな。薬代をどうやって稼いでいるかわかったもんじゃない」
「ふざけんな!!あいつらは薬なんてやっとらんし自分売るような真似もしてへん!!あいつらの努力踏みにじるな!!」
「そんな話を誰が信じる?」
あの時の目だ。高校で、結婚すると決まった先生に俺が詰め寄った時にした、あの目だ
―――誰がお前なんて信じるか
「親の名前もわからないようなヤク中の不良を警察が信じると思うか?いや、信じる信じないの問題じゃない。目の前に薬があって手を出さずにいられるほど根性があるか。あるわけがない。あったら最初から不良になんてならないだろう。刑務所でどんな目に合うかな」
「何も知らんくせに…」
もう一度殴られたが、俺は先生を睨み返して怒鳴った
「何も知らんくせに偉そうなこと言うな!!実の親に捨てられて里親にも虐待されて、ろくな学校教育受けてへんのや!!それでもあいつは死に物狂いで更生して勉強して今じゃ周りの子供ら面倒見られるくらいになってんねん!!ゲイのくせに金持ち女と結婚するためにそれまで手出してた生徒捨てた野郎が侮辱すんな!!」
思い切り殴られて、ヨンウルが押さえきれなかったのか俺の体が床になぎ倒された。配達場には血が混じっている。ここにはスタンガンも警棒もない。あれば抵抗出来ただろうが、下手を打てばジェミンが人生を失いかねない
俺が出勤してこないことでジェミンはテヨンに連絡するはずだ。どうかそれで気付いてくれたらと思うが…
「そう言えばお前には従妹がいたな。調べはもうついてる」
「…は?」
「中本いろは。可愛い子じゃないか、お前によく似てる。まだ子供だが、ああいうのを好むやつは多いんじゃないか」
「おい…」
俺は立ち上がって先生の胸ぐらを掴み上げた
「いろはに手出しやがったら殺すぞ」
「お前の態度次第だよ。お前ひとりが苦しむか、周りを巻き込むか、今ここで選べ」
先生は俺の手を払いのけると、鞄からビデオカメラを手に取った
「その子、ヨンウル、可愛いだろう。お前と違って私のいうことをよくきく」
「何させる気や、この子に」
「“する”か“させる”かはお前が決めろ。せめてもの情けだ」
先生がカメラをこちらに向ける
「私の社会的信用を貶めたんだ。同じ思いをしてもらう。より屈辱的にな」
「…ッ死ねばいい」
「早くしろ。お前がかつて私にしていたと同じことを、ヨンウルにしてやればいいだけだ。縛り付けてやってもいいんだが、お前が進んでしているように見えなければ意味がない。あの綺麗な顔をした男はそれを見てどう思うかな。あの可愛い従妹や弟子は?」
ヨンウルが俺の肩を押してベッドに押し倒した
「…ごめんなさい。でもこうすれば、先生は俺のものになってくれるって」
頭がぐるぐると回って、すぐにでも吐いてしまいそうだ。ヨンウルの手がシャツの裾にかかった時、ふと思い出した
「…ッうわ!?」
足を思いきり振り上げヨンウルの体を横に薙ぎ倒すと、俺は彼のポケットからナイフを抜き取った。俺から奪ったものだ。切っ先をヨンウルの喉元に突きつける
「動くなよ先生、この子がどうなってもええんか」
「…お前には殺せない」
「せやな。でもちょっと傷つけるくらいなら出来るで。そうなった場合、警察は誰を疑うかな。未成年に手出して脅迫して無理矢理撮影しようとした変態か、それともそいつに拉致された俺か。ナイフにはこの子の指紋がついとる。俺が何しても正当防衛や」
俺は腕の中のヨンウルのポケットをさらに探り、携帯を見つけた。電源を入れながら言った
「馬鹿やな……学校が辛いなら逃げればええねん。俺と同じ間違いしてんで」
「……離せ。先生の命令なんだ」
「お前のこと愛してくれるような男なら、お前に他の男とセックスしろなんて言うと思うか?お前に誘拐なんてさせると思うか?いざとなったらお前に罪なすりつけられるように逃げ道作っただけや」
「先生のことを悪く言うな!!」
「甘ったれんな!!ほんまに好きなんやったら相手が間違うたときはド突いてでも止めたれや!!お前こいつのために刑務所行くつもりか!?こいつはお前のために何かしてなんかくれへんぞ!!」
「そこまでだ」
キラッと光る何かが向かってくるのを見て、俺はヨンウルの体を突き飛ばした。ナイフを持った先生の手を払おうとするが間に合わず、腕を深く切った
「…っつ」
「お前が私の人生を壊した!!」
ナイフを持って再び圧し掛かってきた。なんとか腕でガードするが、切っ先は目に迫っている
「可愛がってやった恩を忘れて恥をかかせたんだ…ッ報復は当然だろう!!」
「せやったら報復はもう済んだやろ!!お前のせいで俺の人生めちゃくちゃや!!テヨンに会うまでズタボロだったんは誰のせいや!!」
「お前は!!俺に!!守られていればよかったんだ!!それ以外を求めるな!!」
ぐぐぐ、とナイフを上にあげ、力を抜く。先生のナイフがベッドシーツに刺さった拍子に俺はナイフの柄で思い切り先生のこめかみを殴った
「…ッ!!」
「誰を守って守られるかは俺が決める!!あんたなんか金輪際ごめんやわ!!」
ベッドサイドのランプに手を伸ばし、思い切り先生の頭に叩き付けた。ヨンウルが悲鳴を上げる
「先生!!」
駆け寄って傷を確かめている。先生は動かない。ヨンウルが泣きながら俺を睨みつけ、怒鳴った
「この人殺し!!」
俺は頭が真っ白になって、携帯を捨て、ナイフを持ったまま部屋を飛び出した
テヨン視点
DY『テヨン兄、例の先生だけど、前の家を追い出されてからも転居届は出してない。たぶんホテル住まいだ』
「見当はつく?」
DY『例のアカウントを調べた。よくやりとりしてる男のIPアドレスが汝矣島の方のネットカフェだった。その周辺で捜索した方がいいと思う』
ドヨンからの電話で僕は車を方向転換した。はやる気持ちを押さえて車を飛ばす。すると今度はジェヒョンから電話が入った
JH『ヒョン!!携帯に住所を送ったからそっちに向かって!!行方不明の少年の携帯の電源が入ったんだ!!』
「応援も一緒によろしく」
JH『既に向かってる!!』
僕は窓から手を伸ばして車の屋根にランプをつけた。サイレンを鳴らしながらさらにスピードを上げる。ほとんど祈るような気持ちだ
―――私、昔はとても引っ込み思案だったんです
―――悠太くんの後ろにくっついてばかりで、悠太くんはそんな私を守ってくれました
―――子供の頃から伸ばしてた髪を、悠太くんは可愛いって言ってよく撫でてくれました
―――切ったのは、悠太くんからの連絡が途絶えて悲しむおばさん達を励ましたかったからです。髪を切って、明るく振る舞えば、少しでも悠太くんを感じられると思って。昔からよく似てるって言われてましたから
いろはは明るい。周りのことも照らせるほど、明るくて暖かい子だ。だがもともとはその性格も、ユタの真似っこだった。子供の頃のユタはあれだけ明るかったのだ
それなのに、韓国に来て彼は変わってしまった。薬をやめて立ち直った今でも、どこかで当時の影を思わせるような目をする
「…何でユタが」
ユタが何をしたという。まだ子供で、馬鹿で、信じやすくて、傷付きやすくて、ただそれだけだった。ただそれだけなのに、今になっても苦しめられる
ハンドルを強く握り締めると、再び携帯が鳴った
「何」
DY『たぶんヒョンの方が先につくと思うけど、馬鹿なことしないでね』
「…どういう意味」
DY『俺達が行くまで自分を押さえて。ユタ兄に必要なのはテヨン兄だよ』
わかってる。自分の怒りなんかよりも優先すべきはユタだということ
それでも、自分の怒りを抑えられそうにない
住所はさびれたホテルだった。フロントに駆け寄り、警察手帳と携帯に呼び出したユタの写真を見せる
「この人がここに来たはずだ。部屋番号教えて」
「…申し訳ありませんが、お客様の情報はお教え出来ません」
「警察だよ手帳が見えないの!?彼は拉致されたんだ!!」
「令状をお持ちください」
やる気のなさそうなスタッフが吐き捨てる。僕は腕を伸ばして胸ぐらを掴み上げた
「…ッ何すんだよ!!」
「いいから部屋番号を言えって言ってんだよ……ッこのホテルが犯罪現場になってるって評判になってもいいのか!?」
男は途端に目を泳がせて、番号を調べてくれた。鍵を受け取って駆け出す。エレベーターなんて待っていられない。階段を一気に駆け上がって、部屋を見つけた
中に入ってすぐに僕は銃を向けた
「動くな警察だ!!」
「…ッ僕じゃない!!あいつが先生を殴ったんだ!!」
床で血を流して倒れている先生を見て、俺は首筋に手を当てた。気を失っているだけで死んではいない。僕は手錠を取り出して先生の手とベッドの柵を繋いだ
「何してるの!?先生は被害者だ、あいつが…」
「黙れ」
俺は少年の首を掴んでベッドの柵に押し付けた
「こいつはユタを傷つけたんだ……何度も、怖がらせて、泣かせて、人生をめちゃくちゃにした。お前もその共犯だ」
「…ッ」
「ユタに何かあったらたとえ全てを失ったとしてもお前たちを殺してやる」
僕は彼を離して立ち上がり、吐き捨てた
「逃げてもいいけど、どうせすぐに見つかるよ。刑務所で地獄を見ればいい」
僕はジェヒョンに部屋で容疑者が待っている旨を伝え、ユタを探しにホテルを飛び出した。駅は遠いしおそらく財布はもっていない。必死に考えてふと背後を見た
ホテルの後ろには森が広がっている。キャンプ場として売り出すつもりだったのだろう。先生を殴りつけ、動揺したユタなら殺したと勘違いしてもおかしくない。人目を避けて森に逃げ込む
既に日が暮れかけている。僕はライトを手に森に入った
「ユタ!!ユタどこだ!!」
奥へ奥へと走りながら声を張り上げても、反応するのは飛び立つ鳥くらいだ。喉が締め付けられる。怖い。ユタを失ったら生きて行けない
でも今一番怯えているのはユタだ
渾身の力で叫んだ
「ユタ―――――ッどこだ―――――ッ!!」
背中からドンッと体当たりのように抱き付かれた。よかった、無事だった
「ユタ、ユタお願いだから顔見せて。ユタ…」
体を離して振り向くと、ユタは真っ青な顔で震えていた
YT「テヨン…どうしよう、俺…俺、人殺しちゃったかも」
「先生は死んでないよ。さっき確認した。気絶してただけだ。今頃ジェヒョンたちが逮捕してるはず」
YT「…ほんと?」
「ほんとだよ。それにたとえ死んでたとしてもユタを刑務所になんかやらない。正当防衛を勝ち取れなかったらユタ連れて逃げる」
僕はユタの頬を両手で包み込んだ
「来るのが遅くなってごめんね」
YT「…テヨン、ジェミンたちが……俺伝えたいことが」
「皆無事だよ。仕込まれてた罠は全部回収した。誰もジェミンを疑ってない。皆無事だよ、大丈夫。よく頑張ったね」
YT「…もういやや」
ユタは僕の肩に目を押し付けて嗚咽を漏らした
YT「どこにいても先生が追ってくる…」
「もう追ってはこないよ。刑務所行きだ」
YT「ちゃうねん…夢、見る」
ユタは時折悲鳴をあげて飛び起きる。僕もいろはも、気付かないふりしかしてやれない
YT「誰も俺のこと信じてくれへん……いいように、好きなようにされて、テヨン裏切れなんて…死んだほうがましやけど、いろはやジェミンのことも大事やねん」
「……あいつに何されたの」
思わず声を低くすると、ユタがびくっと震えていった
YT「…ヨンウルっていうねんけど、あの子」
「うん、調べた」
YT「二人でしてるとこ撮るって……それお前に見せてばら撒くつもりやってん、あの人」
僕の目に殺気が宿ったのを見て、ユタが縋りつくように言った
YT「でも、でも俺何もしてへん。とっさにナイフで脅して先生殴って逃げてきたから……ほんまや、テヨン裏切るようなことしてへん。信じて…」
「ユタ」
僕はユタの頬をもう一度包み込んで目を合わせた
「僕はユタを信じてるし、ユタのことだけを信じる。ユタはきれいなままだ。あいつがどれだけ汚そうとしても、純粋なままだ。誰にも汚せない。僕にとって世界で一番尊い存在なんだから」
YT「……」
「怖かったよね。もうこんな思いをさせたくなかったのに……まだ怖いならしばらくここにいようか。すぐに捜索隊が来るだろうから、それまで隠れていよう」
YT「テヨン…テヨン」
「おいで。もう大丈夫だよ」
僕は木に凭れてユタを抱き締めた。ユタは僕にしがみ付くようにして泣いている。小心者で神経質な僕と違って、ユタは普段とても男らしい。その彼が子供のように怯えているのが悲しくて、僕はユタの体をぎゅっと強く抱き締めた
「…ユタ、もしユタがそうしたいなら日本に行ってもいいんだよ」
YT「…ッ」
「僕も一緒に行く。ユタの故郷、カドマだっけ?そこで仕事見つければいい。これでも警官だし、ユタの弟子として探偵になってもいいかな。ジェミンたちはきっと悲しむけど、理解してくれる」
そうすれば、あの男はもうユタに手を出せない。大阪にはユタの家族がいる。そばにいて一緒に支えてくれる
「あいつはどの道刑務所行きだ。あの少年も。でもユタが怖いなら、どこまでだって遠くに連れて行ってあげる。ユタが怖くなくなるならなんだってしてあげるよ。仕事辞めてもいい。ユタのそばにいる」
ユタの泣き声が止んだ。どうしたのかと思って下を覗き、思わず悲鳴をあげた
ユタ視点
DY「大丈夫だって言ってんのにね…」
ドヨンが呆れたようにケーキの箱を差し出してきた。経過報告がてら見舞いに来てくれたらしい。俺は森でテヨンに抱き締められてからの記憶がなかった
DY「傷自体は深くないから大丈夫だって言ってんのに、血塗れになってるユタ兄見てパニックになっちゃってさ、テヨン兄。泣いて泣いて最終的にジェヒョンに回収された」
「そんなにひどかったん?」
DY「貧血とストレスで気絶しただけだよ。ユタ兄抱えて泣きながら走ってきたテヨン兄見て俺もちょっと覚悟しちゃったよ」
ドヨンはお茶を淹れてテーブルに置き、ベッドサイドに座っていった
DY「先生は逮捕されたよ。出て来る頃にはたぶんユタ兄には近づけない」
「…何でわかる」
DY「うちの警部は結構なコネを持ってるんだよ。例えば検事に頼んであいつが刑務所で誰と同房になるか口利きしてもらうことも出来る」
「…ちなみに誰や」
DY「暴力犯罪者とだけ言っておく。これで前科がついたから、出所後も保護観察官に監視される」
「あの子はどうなった?ヨンウル」
ドヨンは何とも言えない顔になった
DY「あの子は加害者であり被害者だ。もちろんユタ兄にしたことは許されないけど、親が弁護士を雇ってすべては先生に強要されたことだと主張してる。覆すのは難しい」
「ええよ、それで」
DY「ほんとに?」
「あの子、俺と同じや……追い詰めたら俺みたいになる。ちゃんと支援してやらんと」
土与恩はふ、と微笑むと、思い出したように言った
DY「そう言えばいろはちゃん、あと一歩で留置場に入るとこだったんだよ」
「はぁ!?ちょ、何が…」
DY「電話で事件を伝えたらさ、鬼の形相で分署に乗り込んできて…」
―――殺してやる!!
―――私の大事な従兄を一度ならず三度までも!!
―――悠太くんの人生返しなさいよこの悪魔!!
DY「留置場の前で暴れに暴れて抑えがきかないから、ジェノが抱えて撤去した」
「…すまん、許したって?あいつ薬やってた頃の俺知っとるから心配してんねん。俺からちゃんと話すから」
DY「テヨン兄とも話してよ。警部が頭抱えてる。ヒョンが辞職するなんて言いだすもんだからとりあえず保留でって」
ぎょっとしてから、昨日話していたあれだと気付いた。テヨンもまた過激だ
「ちゃんと話す。ごめんな」
DY「ヒョンが謝ることはない。あのくそったれのせいで前は名前が無茶をやった。今回も何かやらかすんじゃないかと思ってマークに地下室に閉じ込めさせたんだ」
「名前も無鉄砲やからなぁ」
DY「それだけ愛されてるんだよ、ユタ兄は」
ドヨンはじっと俺を見つめていった
DY「例え匿名の通報があって、ジェミンの家から薬が見つかったとしても、俺はジェミンを信じたよ」
「……」
DY「過去なんて関係ない。俺はジェミンの努力を信じてるし、ユタ兄とジェミンの関係を信じてる。あんな野郎の思惑には乗らないよ」
ドヨンは少し凹んでいるらしい。俺は彼の髪をわしわしと撫でた
「わかってるよ、ドンス。信じてる」
DY「…さっさと傷直してね。それじゃ」
ドヨンが照れくさそうにそそくさを病室を後にした。入れ替わるように入って来たのはテヨンだ
「警察やめるなよ」
TY「…僕、本気だよ」
「わかってる。でもやめてほしくない。俺も韓国にいたい。ジェミンを半人前のまま放り出されへんし、せっかく友達も出来たんやから」
テヨンが泣きそうな顔で俺の頬を撫でる
TY「もう傷付いてほしくない…」
「…俺だってそうや、テヨンに傷付いてほしくない。でも生きてる限りまったく傷付かないなんて無理や。お互いこの仕事やしな。それは日本におっても変わらん」
TY「……うん」
「せやから、傷付いた時絶対にそばにおってほしい」
先生を殺したと思った時、テヨンのことが思い浮かんだ。テヨンがこのことをしたらどうするだろう。彼はきっと職務を捨ててしまう
―――……俺のこと絶対信じて。誰が何を言おうとお前だけは俺のこと信じてて。もし俺の足元に死体が転がっとって俺が血塗れのナイフ手にしてようと、俺が殺してない言うたらそれ信じて
―――わかった、信じる。僕は警官として信念を持ってるけど、ユタの方が大事だ。その場合は捜査から外れてユタと逃げる
「なぁ…もし俺があの時先生に言われたとおりにしとったら、俺のこと殺した?」
TY「先生のことを殺した」
「……」
TY「で、ユタを連れて逃げる。でもユタはたぶん命を懸けてでも抵抗するってわかってた。ユタの姿を見た時点で、ヨンウルとも先生とも何もなかったってわかった。信じてるんじゃないよ、信じてるけど……“わかってる”んだ」
テヨンは俺の額にキスすると、ふわっと微笑んだ
TY「ユタが退院したら、しばらく休暇をとるよ。日本に行こう」
「警部さん泣くで」
TY「やめないよ。ただユタの家族に挨拶して、ゆっくり休もう。いろはもつれて……日本案内してよ」
「……夏祭りのあるうちに行こうか」
昔いろはと二人で遊んだ射的や金魚すくいを、今度はテヨンも一緒に出来たらいい
[大好きやで、テヨン]
TY[ぼくも、だいすき、ゆーた]