「起きるなら一緒に起きること。おじさんもう、あんたなしじゃ生きていけない」
じろちゃんお誕生日おめでとう!お誕生日の朝のじろちゃんのお話です。
@toasdm
目覚めの違和感は腕にあった。正確に言うと、腕に重みがなかった。いつもなら腕枕ですやすやと、甘えて眠っている彼女が今朝はいない。次郎は前髪をかきあげながら上体をベッドで起こして、いつもより軽い腕をぐるぐると回した。
「あれ……プロデューサーちゃん……?」
ベッドルームには自分以外の気配はなく、昨夜睦みあってそのまま落ちるように眠った体にはなにもつけていない。徐々にはっきりとしてきた視界と頭で、次郎は隣にいるはずの温もりの抜け殻に触れた。
「…………」
脱ぎ捨てられたパジャマには温もりも残っておらず、ベッドには自分の痕跡があるばかりでうすら寂しい。あーー、と目を擦りながらベッドから立ち上がり、タンスから下着とカットソーを取り出した次郎が、自嘲する。
「たはは……一人なんて、慣れちゃったはずなんだけどねぇ……」
いつもと変わらない朝からひとつ姿が消えただけだというのに、次郎にはベッドすら、やけに広く感じられた。溜め息をついて深呼吸をして、次郎は、ん?と首を捻った。
鼻腔をくすぐる香ばしい香り、温かい空気、トントントンとリズミカルな音。
その正体に思い当たって、次郎は思わずにんまりと頬を緩めた。
「嘘でしょ、そんな……」
緩んだ頬を一度ぱちんっと強く叩いて、リビングへと通じるドアを開ける。朝の香りが密度を増して、次郎の頭と腹、それからハートを強く刺激した。
「あ」
次郎がベッドルームから出てきたのを見て、彼女は振り返りにっこりと微笑んだ。
「おはようございます、次郎さん」
「プロデューサーちゃん……」
赤いギンガムチェックのエプロン、ラフなシャツとハーフパンツ、ゆるくまとめた髪の毛と、なによりも愛しい笑顔。彼女はキッチンで、スクランブルエッグを作っていた。誰もが思い描くような、理想的な朝がそこにあった。次郎の目の前でそれは、理想ではなく現実として、実態として存在している。長い足をさっとさばいて、次郎は彼女に近付いた。
「うわっ!」
「おはよ」
「じ、次郎さんくすぐったい、おひげ!」
「んー? おじさん男の子だからひげ生えちゃうの」
後ろから彼女を抱きすくめて、次郎は彼女の首元にすりすりと頬ずりをする。寝起きのひげがじょりじょりと彼女の柔らかな皮膚をくすぐって、たまらず笑い出した彼女を次郎はぎゅっと腕に閉じ込めた。
「ご飯、朝ごはん作れないですって」
「いいよ、そんなの、後でさ」
いちゃいちゃしようよ、と耳元で甘く囁く吐息交じりの次郎の声が、彼女の膝から力を抜く。おっと、とそれを抱きかかえて支えて、次郎はニッと笑った。
「相変わらず耳ダメだねぇ」
「も、もうっ! 今日は絶対、次郎さんに朝ごはん作るって決めてたんですっ」
「今日……あー、もしかして、誕生日だから、ってやつ?」
次郎の腕の中で頷いて、耳まで真っ赤に染めて彼女はくるりと次郎に向き直った。
「いつも次郎さんに作ってもらってるから、せめてお誕生日くらいは、って……」
「あーダメ、おじさんそういうのダメ」
腕の中で自分を見上げて真っ赤になってそんな風に言われて、普通でいられるわけないでしょ、と次郎は天井を見上げる。
「嬉しくなりすぎちゃって、文句言おうと思ってたのにどうでもよくなっちゃう」
「え、文句?」
きょとん、とする彼女を見下ろして、次郎はにへらっ、と笑った。
「そ。目、覚めてさ。あんたが隣にいなくて寂しい思いさせられちゃったからねぇ」
にまっ、と笑ってもう一度、じょりじょり攻撃、と笑いながら頬を擦り寄せて次郎は彼女をきつく抱きしめた。すりおろされちゃうからやめてー、と喚く彼女を抱き上げて、次郎はその場でぐるぐると優しく回った。
「起きるなら一緒に起きること。おじさんもう、あんたなしじゃ生きていけない」
「わ、わかりました、わかりましたから! 離して! 下ろして!」
約束だよ?と念を押してから、次郎は彼女にキスをしてそっと床に着地させる。はぁ、と情けない溜め息をついた次郎に抱きついて、彼女は心底幸せそうに呟いた。
「私も、次郎さんなしじゃ生きていけなくなりました」
「……ま、利害が一致したってことでね」
お誕生日おめでとうございます、と嬉しそうに飛びついてきた彼女を抱きしめて、次郎はそこでようやく、人心地ついた気分になる。寝ても覚めてもあんただけだよ、と呟く次郎に、彼女はコーヒーを差し出した。
今日だけは特別な、二人だけの朝が始まった。