「こらミケ、お前さんの食うもんじゃないぜ?」
大量の枝豆を持ち込んできた雨彦さんと日本家屋に住んでいるPさんとそこにあがりこむ三毛猫のミケのお話です。
@toasdm
ぷつ、ぷちっ、と枝からさやを外して、ざるに積み上げられていくのは青々とした枝豆。脇にはこんもりと山のように、まださやをつけたままの枝つきが積まれていて、雨彦とプロデューサーが囲んでいるちゃぶ台の下からミケが、時折ぷらりと垂れ下がる枝豆の葉にちょいちょいとじゃれつく。
「こらミケ、お前さんの食うもんじゃないぜ?」
「食べようとしてるわけじゃないと思いますよ」
夏の終わりの風を連れて、ふらりとミケがいつものように遊びにきたのは、二人が大量の枝豆と格闘し始めてすぐのことだった。雨彦が近所の住人からいただいたという枝つきの枝豆は、雨彦の長い腕で一抱えにしてもまだ余るほどで、鮮やかなうす緑の向こうから顔を覗かせた雨彦に、彼女は思わず呟いた。
「どうするんですかこんな大量の枝豆……」
「茹でて食うのさ」
「そんな当たり前のこと聞いてるんじゃないです!」
どうするんですか、ともう一度繰り返す彼女に枝豆を預けて、雨彦はブーツを脱いで上がりこむ。勝手知ったるなんとやら、すっかり我が家のような顔付きで枝豆を受け取ると雨彦はキッチンへと向かう。
「ざる、借りるぜ」
「はぁ……お湯沸かしますね」
「ああ、そうしてくれ」
以前Legendersの三人と一緒に大量の蕎麦を茹でたときに使った特大の鍋にたっぷりと水を張り、彼女はそれを火にかける。その脇で雨彦はがさがさと新聞紙にくるまれていた枝豆を広げて感嘆の声を上げた。
「はは、うまそうだな」
「バラすのも一苦労ですよ」
「そうだな……お前さんも手伝ってくれるかい?」
「ここまできたらもうどうしようもないじゃないですか」
元より枝豆が好きだというのもあったが、先ほどこっそりと冷蔵庫にビールを仕舞いこんだ雨彦のことを考えると、どうしようもない。茹でて食うしかないのだ。
ちゃぶ台にざるを置き、畳の上の新聞紙に広げた枝豆をひとつずつ手にとって、二人は作業を開始した。黙々と枝から豆のさやを外して、かさばるが豆自体はそこまで多くないなどと言いながらざるの半分が緑色になった頃、縁側からのうのうと、三毛猫が上がりこんでくる。
「あ、ミケ。ふふふ、いらっしゃい」
「はぁ……今は猫の手も借りたいくらいなんだがな」
お前さんの手は役に立たなさそうだな、とミケの前足を枝豆でちょんと突き、雨彦は再び枝豆を外しにかかる。ふんふんと、畳の上の枝豆の葉の匂いをかいで、ミケはそのままちゃぶ台の下にもぐりこんだ。目指すは雨彦の膝の上だ。
「ミケ、本当に雨彦さんが好きだね」
「あくびなんてしやがって……お前さんは太平楽だな」
ちゃぶ台に乗せた枝豆の枝ががさがさと動く度に、ミケは膝の上からそれにちょいちょいとじゃれついた。
「こらミケ、お前さんの食うもんじゃないぜ?」
「食べようとしてるわけじゃないと思いますよ」
くすくすと笑う彼女が枝豆の枝を手に取った、それが最後の一枝だ。雨彦はにやりと笑って膝の上のミケに枝をちらちらと動かしてみせる。
「ほれほれ、お前さんはこんなのでも遊ぶのかい?」
瞳孔をカッと大きく開いたミケが、膝の上から雨彦の揺らす枝にじゃれつく。さっと上手にそれを躱して遊ぶ雨彦の前から山盛りのざるを持ちだして、彼女はキッチンへと向かった。どっちが遊んでもらってるんだか、と苦笑しながらたっぷりの塩を振り入れた鍋の中、ぐらぐらと沸き立つ湯の中へ枝豆を入れると、家中にふんわりと枝豆のいい香りが漂う。
「ああ、匂いからしてうまそうだな」
「ふふふ、ほんとですね」
ミケを抱えて鴨居をくぐり、雨彦がキッチンへと誘い出される。手にした枝でミケをじゃれさせながらにんまりと、雨彦は言った。
「実はビールも買ってあるんだぜ」
「知ってます」
バレてたかい、と眉尻を下げる雨彦の腕の中で、ミケは元気に葉っぱにかじりつこうとする。お前さんの食うもんじゃないぜ、と笑いながら居間に戻り、雨彦は手にした枝と一緒に枝豆の枝を新聞紙でまとめて包んでゴミ箱へと入れた。
茹で上がる温もりをまとった香りの中でいそいそとビールを用意する雨彦と、ざるに茹でたての枝豆をあける彼女の後ろで、ミケはくんくんと、ゴミ箱の枝を探していた。