@izumiya_
ラケルタ
ーーーー朝日が昇った。
竜鎧の国は今日も賑やかな1日が始まる。
市場には採れたての魚、新鮮な肉、香り良い果物、様々な物が並ぶ。
人々は焼きたてのパンや果物を求め、わいわいと往来する。
人々が避けるように移動し始めたーーーその中心に居るのは、黒い鎧、紅い目、覆い被さりそうな巨体…竜鎧の勇者だ。
その周囲はヒソヒソと噂を立てる音がする。
(『いつもの事じゃろ、もういい。』)
鎧が話しかけて来る。
そう、この鎧は正真正銘の魔王を封じた鎧である。
時々お喋りではあるが、他者には聞こえない。
「(…慣れてきたよ、僕、ブドウが食べたい)」
ガチャリ、ガチャリと音を立て歩を進める勇者に、人々が裂けるように寄っていく。
果物屋に着く頃には人々は丸く囲ってヒソヒソ話を続ける。
(夜中に彼に会った時は死ぬかと思ったよ)(竜語喋れるって本当?)(あんな竜みたいな格好して…)
店長にブドウ一房とりんご三個頼むと、掲示額より高く請求して来た。
「……店長、掲示額より少し高いんじゃないかな?」無意識に顔を近づける。
その巨体と、紅い目を間近でみた店長は「ヒッ………分かった、分かったよ…」
嫌そうな顔をして水滴がきらめくブドウとまだ青いりんごを差し出して、きちんと払い終わると、紙袋に詰めて渡してきたのを受け取る。
ふと人々の方を見ると、お喋りにも飽きたのか、少なくなっていた。
続いてパンを買おうとすると子供が背中にぶつかってきた。
『なんじゃ、この子供は!失礼じゃぞ!』
「ひっ、しゃ、しゃべ……」
そう、この鎧の声を聞こえるのは彼だけでなく、触れた者にまで伝わってしまうのだ。
恐怖で凍りついた少年に「…大丈夫、空耳だよ……ほら、」
そう言って魔法を使い炎の小さな蝶々をふぉん、と出してみせた。
子供の頭のあたりをくすぐるようにふわふわと飛んで、嬉しそうに子供が笑って戯れる。
ふわふわと高く飛んだ後、空気に溶けるように消えていった。子供はもう、泣いてなかった。
他の子供たちに呼ばれ、その子は行ってしまったが、竜鎧の勇者は喜ばれ満足していた。
…雨が降りそうな匂いがする。
見上げると、雨雲が風に乗りゆっくり、ゆっくりと空を覆っていっていた。
降る前に帰ろうと歩を進めると、路地で騒ぎが起きていた。
消えた魔法ランタン、走り去る影、ひったくりよと叫ぶ高級そうな服を着た女性。
竜鎧の勇者は、鎧でも走るのが早い方だった。
すぐさま走り去る影を追った。
角を曲がると姿が消えていた。周囲を見渡そうとしたその時、頭上からナイフを持った皮の細工をした盗賊が二人襲いかかってきた。
兜にガツンと金属が当たり全体が震え頭が痛くなった。
反撃しようと剣を抜き、一人の盗賊に一撃
食らわせた。だが、力が足りなかったか、覚悟が出来てなかったか、皮の細工を切り裂くまでしか至らなかった。
もう一人の盗賊には得意の魔法を使った。
炎の魔法だ。それも昼間見せた穏やかなモノではなく、敵意に満ちた火球を浴びせかけた。
「ァ゛アアァ゛!!」断末魔を上げ着ていた皮が焼け、勢いで路地の壁に叩きつけられた。その時、手からきらりとしたちいさなバッグが落ちるのを目にした。
皮の細工を切り裂かれた盗賊は逃げ出し、「覚えていろよ!」と捨て台詞を吐き、暗闇に逃げ出した。
捕らえられた傷を負った盗賊は、竜鎧の勇者に指され、少しでも逃げたらタダでは済まない、死ぬかもしれないとまで怯えきっていた。
元の場所に戻ってきた時、高級そうな服を着た女性と、警官らしき人が二人いた。
ちいさなバッグを持って女性に渡すと…いや、渡そうとすると奪い取るように持ってふるふると震えていた。
警官に盗賊を突き出すと、恨めしそうに竜鎧の勇者を睨みつけた。
「こいつが犯人ですか?」
「え、えぇ…そうです、けど、あなた…竜鎧の…!」怯えた様子で立ち去っていった。
警官は「君は何かしたのかね?」と恐怖に負けないくらい怖い顔をして尋ねた。
「いいえ、僕は盗賊からあのバッグを奪うところを見て捕まえただけです」竜鎧の勇者はそう答えた。
道端に転がった少し潰れてしまったブドウとりんごを拾い上げて再び袋に詰めたところを警官に「あまり《ラケルタ》のメンバーと目立つことはしないように」「ラケルタとは何ですか?」「…ラケルタはここ一帯を支配する盗賊団の名前さ、まったく、面倒ごとばかり起きやがって…」警官は嫌そうに答えて、盗賊に手錠をかけ魔法ランタンが照らす道を歩いていった。
そうしていると、ぽつり、ぽつりと水が落ちてきた、雨だ。
時期にここも雨が通り過ぎるであろう、竜鎧の勇者は荷物を持って家へと足を進めた。
ーーーーーーー着く頃にはすっかり土砂降りで、スラムのボロ屋の暖炉に魔法でフッと火を着けた。
袋から取り出した潰れてしまったブドウを捨て、まだ食べられる部分を口の中に入れ、味を噛み締めた。
『全く、散々な日じゃったわ!儂の体…体とは呼べんかもしれんが、こんなに濡れて!』
「僕、風邪引くかも…」『勇者のくせになーにを弱音を吐いている!勇者の体は常人より丈夫じゃろうに』呆れた様子で鎧が喋った(実際には喋ってはいないが)。
暖炉の前で濡れて冷えた金属(魔王を封じた素材をそう呼ぶのは失礼すぎるが)を暖めて、袋の中を探して結局パンを買い損ねた事を思い出しながらりんごを齧っていた。
十分に温まったせいか瞼が重く、隙間風を感じながら寝床についた…寝床と言っても鎧を着てる為横になっても休まらないが。
いつも鎧に身を任せて立って寝ている。時々、家の前で目が覚めたり、夜中の路地で目が覚めた事もあったが、それはご愛嬌というやつじゃ、と鎧は言っていた。
明日はどこで目が醒めるだろうか…ちょっとした不安を胸に暖炉の明かりに照らされて休息を摂る。
「おやすみ」