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2014/8/14 抱きしめるいろいろ(3)

全体公開 1 1 1759文字
2014-08-14 22:13:09
Posted by @satomi8429

さらに続き。
どんどん暗く長くなる残念賞。


***

これで三日目だ。寿安は軒下から恨めしい思いで空を仰いだ。厚く灰色に覆われた天からは大粒の雨が降り続き、地面のほとんどを水溜りに変えていた。この分だと恐らく川はひどく増水しているだろう。そこまで考えて身震いする。この辺一帯の住民が皆そうであるように、彼もまた洪水で傷を負った一人なのだった。

夜はより一層雨音が神経を刺す。居候しているこの家は雨漏りこそしないが、連日の雨で膨張した壁や柱は蒸気を含み、じめじめと重たい空気を閉じ込めている。寿安は起き上がると寝台に腰掛けて頭を垂れた。雨の連れてくる得体の知れない恐怖が眠りを遠ざける。早く去ってくれと願うことしかできず、ただそのままじっとしていた。
「寿安?」
何時間経っただろう。細く開いた扉の向こうから囁く声は鈴のようで、一瞬夢を見ているのかと思った。腰掛けている自分を認めると遠慮がちに扉が開き、控えめに駆け寄る襦袢の白が翻る。
あの人たちが着ていたのと同じ。
「大丈夫?」
手にしていた燭台を傍らに置くと、小さな顔が覗き込んだ。部屋の闇のせいで青白く映る顔。
あの人たちに似た。
「少華
白い影を振り払うように、座ったまま彼女を引き寄せた。こんな風に触れたことは今までなかった。彼女が立ち自分が座っているので、そうすると腰にしがみついているような格好になる。
「寿安?ちょっと、どうしたの」
驚きと労わりの混ざった声が降ってきたが、それには答えずさらにぐいと力を込める。
恐怖の正体がわかった。自分は雨が怖いんじゃない。あの時助けられなかったあの人たちと同じように、彼女を失うのが怖いのだ。
後頭部を行き来する優しい手を感じてもなお、寿安はその手をゆるめなかった。

抱きすくめる/寿安



***

「おいら荷物はないほうがいいのだ」
「俺が荷物言いたいんか」
「そんなことは言ってないのだ」
「言うとるやんけ」
押し問答は日常茶飯事。
何かを自分のものにしたら、その後はどうなると思う?」
「自分のもんは自分のもんや。盗む奴がいたとしてもぶっ潰して取り返す」
いつも通り、少々乱暴だがどこまでも前向きな男の発言に苦笑する。この男には一生わからないだろうな、と思いながら。
「翼宿らしいのだ」
「馬鹿にしとんのか」
「何かを手に入れたらその後は、それを喪うか、喪わないか、どちらかしかないのだ」
何かを抱えたら、それがなくなる恐怖も一緒に抱えたことになる。何かに縋れば、今度はそれがいつ引きちぎられるのかという不安に苛まれる。そんなものを抱えて生きていくには、自分はあまりに弱い。
「その、お前に言ってもわからんやろ、って顔がむかつくわ」
「違うのだ?」
「違わん。俺やったら喪わせたりせえへん。ずっとおるし、何があったって守るし、盗られたら取り返す」
ああ、君がそう言えば言うほど。
「そんなんぐちゃぐちゃ考えんと、もっと気楽に頼ったらええねん」
守ったるで、と冗談まじりに男が笑う。横に引いた口からきらりと犬歯がのぞいて、泣きたくなった。
「だから、おいらは何も持つつもりはないのだ」
「やーかーらー、」
振り出しに戻った会話は堂々巡り。
俺はいつまでこの思いを押し込めておけるのだろう。

抱き縋る/井宿



***

東の空が白み始める頃、甲板は白い靄に包まれていた。遮蔽物がなく海風が吹き渡る船上の体感温度は、紅南国では体験することのなかったものだ。頑丈な船とはいえ、船室もそれなりに冷えるのはいたしかたない。口まで毛布にくるまって眠っていた張宿は、肩にかかった重みで目を覚ました。ゆるゆると毛布をはいで頭を持ち上げると、鼻をつきあわせる形になった衝撃の主は軫宿の飼い猫だった。
「たま」
「にゃあ」
扉がちょうど猫の体分開いており、そこから漏れる風が冷たい。探検していて迷子にでもなったんだろうか。
「おいで」
「にゃあ」
毛布を持ち上げ手を添えて招き入れると、猫は顎の下あたりに陣取って丸くなった。上からすっぽり覆ってやると、待ってましたとばかりに満足そうに閉眼する。
あったかい」
安らかに上下する白い毛皮をなでながら、自分も再び目を閉じた。

抱き入れる/張宿




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