@toasdm
うぅん、と難しい顔をして、彼女はデスクで一心不乱に手を動かしている。カチャカチャ、と金属の触れ合う音を立てて彼女が挑んでいるのは、いわゆる「知恵の輪」だ。昔懐かしい知恵の輪ではなく、しっかりとしたダイキャスト製のそれは、男性モチーフの♂と女性モチーフの♀の、リング部分がかみ合ったような形をしている。その隣で道夫は腕を組み、その様子をじっと見つめていた。
「そろそろ降参だろうか」
「い、いやですっ」
「先ほどから同じところを何度も潜らせている」
「だって、これこっちに行きたいのに」
「ふむ……」
パズルが好きな道夫はこういったパズルも嗜むようで、当然のようにそれは道夫にとって難なくクリアできる類のパズルだ。貸しなさい、と手を出すことも考えたが、道夫は彼女の好きにさせている。
「うぅ……これを、こうして……あれ、引っかかった」
ヒントになることを言うのも憚られた。道夫にとってパズルとは、何度も試行錯誤を繰り返した先に訪れる閃きこそが最も楽しいものだと思っているからだ。彼女にもその快感を味わって欲しい、と手を出しそうになる自分をぐっとこらえて、道夫はしばらく見守っていた。
「こっちかな……?」
「…………」
「あれ? もしかしてこの形、ここと」
「ほぅ」
カチャ、と音を立てて、パズルが一段階外れる。もう何度もクリアしたパズルは道夫の手がその解法を記憶していて、何も知らない彼女の手はそれをなぞるように、ゆっくりと動いた。
「こっ、このパターンは見たことない!」
「はは」
知らず道夫は笑いを漏らしていた。そうだ、その快感だ、と正解に一歩ずつ近付いていく彼女の手をじっと見守り、道夫は心の中でエールを送った。
「もう一息だ、さあ」
「はいっ!」
瞳の輝きが、パズルに熱中する彼女の横顔を縁取って、際立たせている。まるで教え子がテストを受けているのを見守るような気持ちで、道夫は頑張れ、と心の中で呟いた。
「これ、ちゃんと外せたら」
「うん?」
「ちゅーしてくれますか?」
「!!」
思ってもみなかったご褒美のおねだりに、道夫は一瞬目を見開いた。パズルに熱中しすぎて他の事に頭がまわらない彼女の、らしからぬ発言にたじろいで道夫は一呼吸置いてからニヤリと笑った。
「外せなかったらどうするつもりだろうか?」
「私からちゅーします」
「っ!?」
さらに面食らうような発言に、今度こそ道夫は絶句する。手元のパズルはあと少しで外れそうなところまできている。おそらくは、彼女なら――…。道夫はあごに手をあててしばらく考えると、真剣な彼女の横顔にそっと唇を触れさせた。
「え、ま、まだ外せてない」
「二つの思いがある」
パズルから漸く顔を上げて自分を見つめる彼女に、道夫はゆっくりと語りかけた。
「パズルを解く快感を君にも味わって欲しい、という気持ちと」
穏やかな口調をそのまま動作にしたような優しい動きでそっと彼女の髪を耳にかけた。
「君からちゅーをして欲しい、という気持ちだ」
びくっ、と体を震わせた彼女の頭をそっと引き寄せて、道夫は眼鏡を外した。
「私の中にある、相反する気持ちだ。早く解いて欲しい、でも解かないで欲しい」
おかしいだろうか、と彼女の鼻先でフッと笑う道夫の唇が、彼女の唇にそっと重なる。ゴトリ、とパズルをデスクに置いて、彼女は道夫の首に腕を回して抱きついた。それが彼女の解答だった。深く舌を絡ませ合ってしばらくの間、二人は無人の事務所でキスを交わしていた。
置き去りにされたパズルが、その後ゆっくりと、時間をかけて、彼女の手の中で外されていくのを、道夫は満たされた気持ちのままで見守っていた。