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[硲P♀]秋風がどこかへと

全体公開 2 1663文字
2018-09-08 12:52:45

「風が、気持ちいいな……

テーブルで頬杖ついてPさんに好きだっていうはざませんせのお話です。

Posted by @toasdm

 黄昏色に染まる道夫の髪を、ふわりと風が舞い上げる。窓から吹き込んできた風が、読みかけの本のページを急かす様にめくろうとするのを、道夫は親指でそっと押さえた。気がつけば、もう随分と暗くなっている。電気でもつけようか、と顔をあげた道夫の前、プロデューサーは真剣な顔付きで雑誌をめくっていた。
「暗くなってきたな、目によくない」
「あ……ほんとですね」
 読んでいた本に丁寧にしおりを挟んで、テーブルに置く。椅子を引き、立ち上がり、道夫は壁のスイッチに触れた。ぱっ、と明かりが灯り、夕暮れがレースのカーテンを橙色に染めていた。
「風が、気持ちいいな……
「ふふふ」
 揺れるカーテンに目を細めて、道夫は風を感じて吐息を漏らす。まだ暑い日もあるが夕方ともなれば、徐々に秋の気配を感じられる時候になってきた。カーテンを閉めてテーブルに戻ると、道夫は読みかけの本をまた開き、読書を再開する。向かいでは相変わらず、熱心に、積み上げられた雑誌の山を片っ端から読みふけっている彼女がいた。

 趣味で読書をしている自分とは違って、君のそれは仕事なのだろうな。

 道夫はこっそりと笑い、仕事熱心な彼女の立てる紙を繰る音をBGMに本を読み進めた。休みの日くらいゆっくりするべきなのではないか、と初めの頃こそ苦言を呈したりしたものだが、付き合いの長くなった今となっては、道夫はきちんと納得していた。
 自分と言う恋人がいるにも関わらず、彼女にとっては仕事もある意味恋人だ。情熱を傾けられる何かがあって、それが自分にも少しだけ関わりがあって、自分にはそれを、一番の特等席で支えることも見守ることもできる。それで十分、ありがたい。こうして、時間と空間を共有しているだけでも愛は深まる、と眼鏡のブリッジをすっと支え上げて、道夫は読書に耽った。

……む」

 すっかり外が暗くなった頃、道夫は分厚い本をぱたんと閉じて顔を上げた。秋の虫の音が遠くにかすかに聞こえて、風は先ほどよりも少しだけ冷たい。読み終えた本をテーブルに置くと、道夫は相変わらず情報収集に精を出している彼女をじっと見つめた。

 君が何かに打ち込んでいる顔は、私にとって誇りでもあり、愛おしくもある。

 心の中でそうつぶやいて、道夫は頬杖をついて彼女の仕事を見守った。こちらには気付かないな、と苦笑して、フッと漏れた笑いに、彼女がようやく気付いて顔をあげる。
「あ、道夫さんもう読み終わったんですね」
「うむ」
「な、なんですか……?」
 自分を見つめる道夫の表情に、彼女は少したじろいた。いつも自分を見るときは、真剣に、でも愛情を込めた瞳で見つめてくれることが多い道夫が、今日は、今日に限ってはどこか、雰囲気が違って見えた。ちょうど、夏と秋との移り変わりの、この風のように涼しげで、でもどこか寂しそうで、やはりいつもどおり、愛情を感じられるような、そんな瞳だ。
「私は」
 ふわりと秋風が、また吹き込んできて道夫の髪を舞い上げる。フッと微笑んで、頬杖のまま、道夫は目を細めて彼女に真っ直ぐ言った。
「君が好きだ」
「?!」
 何を当たり前のことを、と思ったことにすら彼女は驚き、雑誌を繰る手を止めた。そこにまた風が吹き込んで、ページはパラパラとめくられる。
「君が何かに打ち込んでいる姿を見て、そう思った」
「あ、う、あの」
 またにこりと微笑んで、道夫は彼女を見つめる。
「仕事が恋人なのも誇らしくはあるが、本当の恋人が目の前にいることを忘れないように」
「う……
 君が終わるまで見つめている、と意地悪そうに笑う道夫の言葉に、遅れてきた夕陽の赤色が彼女の頬にぽっと灯る。そんなこと言われて続き頭に入りません、と観念した彼女が雑誌を脇に退けたのを合図に、道夫は眼鏡を外して立ち上がる。
 テーブルに手をついて、彼女に顔を近づける。いいだろうか、と瞳で訴え、答えを瞳で受け取って、道夫は数時間ぶりに、彼女に触れた。
 口付けの熱は、秋風の冷たさがそっとどこかへと運んでいった。


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