「はぁ……ったく、お猫様には敵わねぇ、な……」
伝統的な日本家屋に住んでるPさんと、風邪を引いてしまった半同棲してる雨彦さんとふらっと現れる三毛猫のミケシリーズのお話です。
@toasdm
「もう、寝ててください」
ふらふらと熱でふらつく足取りは重そうで、普段なら上手に潜る鴨居に額をぶつけながら歩く雨彦を制止して、彼女は都合三度目になる同じ台詞で布団へと押し戻す。
「だが……」
「風邪引いてるんですから、ほら」
悪いだろう、とこの期に及んでわけのわからない遠慮を発揮する雨彦は、彼女の家に上がり込んで来た時点で顔が赤かった。お疲れさん、と、迎え出てくれた彼女を抱きしめた雨彦の体は異様なくらいに熱く火照っていて、熱ありますよ、と慌てた彼女が差し出した体温計は三十八度二分を指していた。
すぐさま彼女が用意した布団に強制的に叩き込まれるも、何か手伝うことはないかと雨彦はそこを抜け出して、ふらふらと、彼女が夕飯を用意する台所へと顔を出したのだ。
「わ、雨彦さん」
「んーー……」
背中から覆い被さるようにして抱きついてきた雨彦の体は、先ほどと同じく熱っぽい。開け放った縁側から吹き込む風に身震いをしながらも、雨彦はうっすらと目を細めながら彼女の耳元で、うなされるように囁いた。
「ああ……涼しいな……」
少し寒いくらいさ、とまたその熱い体を震わせて、雨彦はぎゅうっと彼女に抱きつく。この状態で手伝えるようなこともなさそうだというのに、普段どおりに夕飯の支度を手伝おうとする律儀な雨彦に、彼女は溜め息を漏らした。
「いいですから、ね? お布団戻りましょう?」
「……んん」
ふるふると、否定を意味する首振りも弱々しい。最弱設定の扇風機が止まる直前の方がまだ力強いくらいだ。休んでください、ともう一度言って、彼女は雨彦を振り返る。
「ん…………あぁ、駄目だな」
いつもの調子で彼女の唇を奪おうとした雨彦は、朦朧とした意識の中でふっと我に返って、直前でキスを諦める。お前さんにも伝染っちまう、と力なく笑う表情すら儚げで、普段の凛々しい雨彦からは想像もつかないほどに弱りきっているように見えた。
「わかってるなら、ほら、っよ、いしょっ!」
ずるずると、身の丈に見合うだけの重量を引きずって、彼女はなんとか雨彦を布団へと戻した。雨彦さん重たい!と文句を垂れて布団をかけなおすが、雨彦はそれをすぐさま払いのけて、彼女に手を伸ばした。
「お前さん……」
熱で潤んだ瞳の切なげな揺らぎに、彼女は一瞬胸が詰まる。
「……もしかして、寂しいんですか?」
「………………はは」
否定も肯定もせず、雨彦は伸ばした手で彼女の手首を掴む。当然のように熱く、驚くほど弱い力だ。雨彦らしくない。
困ったな、と内心溜め息をついたその時、彼女の前に頼もしい救世主が現れた。
「あ、ミケ……」
にゃんとも鳴かず、耳と尻尾の生えた救世主はゆうゆうと、二人の間を割って通る。弱々しく触れるように彼女の手首を掴んだままの雨彦の腕の下を通り抜けて、ミケはピンと立てた尻尾で雨彦の腕をひと撫でしてから、ふんふんと、雨彦の枕元で匂いを嗅いだ。
「なんだ……お前さんか……」
ミケのヒゲが雨彦の頬を撫で掠める。くすぐったい、と少し笑った雨彦の肩口を踏んづけて、ミケはなぜか雨彦の脇腹に身を寄せて、布団の上で丸くなって彼女をじっと見上げている。
布団、かければ?
まるでそんな風に言っているように見えたのがおかしくて、彼女はくすりとひとつ笑いを漏らしてから、そっと雨彦とミケに布団をかけた。
「ミケも寝てろ、って」
「はは……そうかい……」
どこの猫ともつかない、流れの三毛猫をふわりと撫でて、雨彦はゆっくり目を閉じた。
「はぁ……ったく、お猫様には敵わねぇ、な……」
風邪っ引きの寂しさを埋めるように寄り添って、ミケはゴロゴロと喉を鳴らしている。あとはお願いね、とこっそりミケに囁いて、彼女は台所へと戻った。
上機嫌な猫の喉を鳴らす音と、少しだけ穏やかになった風邪引きの寝息を聞きながら、彼女は夕飯の献立を再構築する。
想いを込めた労わりの食事を用意しながら、彼女は密かにミケに向かって、グッジョブ、と親指を立てた。