@toasdm
秋の香りを連れて帰宅した雨彦は、台所借りるぜ、と部屋に上がりこむなりキッチンへと向かった。小鍋をさっと取り出して何をするのかと覗き込んでみれば、茶色の紙袋からがさごそと、雨彦が取り出したベージュ色の粒。
「わぁ……銀杏ですか?!」
「ああ、ちょいと裾分けをな」
いただきものさ、と乾燥した銀杏の粒をまな板に並べると、雨彦は丈夫なカップの底でガンガンと、銀杏の殻にひびを入れていく。普段料理などしないというのに、酒のつまみになりそうなものだけは手馴れた様子で扱う雨彦の姿に、彼女は背中に張り付いてまじまじと、興味津々といった様子で見守っている。
「お前さんなあ、やりづらいだろう」
「だって、雨彦さんがお料理するのって珍しくて」
「お前さんが風邪を引いたときにだって、うどんをこさえたじゃないか」
「まあ、そうですけど……」
あらかたひびの入った銀杏を小鍋にざらざらと移して、雨彦は塩と水を入れて火にかける。小鍋はやがてぐつぐつと沸き立ち、キッチンを中心に秋の香りが濃くなっていく。
「銀杏って茹でるんですね……」
「最初はな。水気が飛んだらあとは乾煎りさ」
言葉通り水気が飛んだ後は、こまめに小鍋を揺すって乾煎りし、香ばしい香りが立ち込めてくる。いい匂いだな、と目を細めて、雨彦は火からおろした銀杏を小さな皿に移し変えてリビングへと戻った。
「これでよし、と……さて、お前さんも悪いことしてみるかい?」
「わ、悪いこと……?」
ニッと笑った雨彦はいつの間に仕舞いこんだのだろうか、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して彼女に見せ付ける。
「こんな真っ昼間から、銀杏つまみにビール、ってな」
「うわー悪い大人!」
けらけらと笑う彼女の頬に冷えた缶ビールを押し付けて、雨彦は銀杏の隣に置いた。せっかくだからとスマートフォンを取り出して何枚か写真を撮り、二人は宴を開始した。
カシュ、と心が躍る音を立てて缶を開け、べんっ、と軽く打ち合わせて乾杯をして、一気にビールを流し込む。
「っあーーーーー……はは、ああ、うまいな」
「ふふふ、雨彦さん豪快」
「そうかい?」
あちち、と銀杏をひとつつまみ、雨彦はそれを歯で軽く噛んで殻を割る。
「……ん?」
随分熱い視線をくれるじゃねぇか、と銀杏を噛み砕き、雨彦はビールをまた呷る。
「…………セクシーだなぁ、って」
「はは……そりゃ酒のせいさ」
そんなことないと思いますけど、と視線を逸らした彼女の目には、確かにその一連の動作に男らしい色香が見えていた。程よく塩味の効いた銀杏は、ビールの消費と共に殻を積み上げていく。秋味が口いっぱいに広がって、なんともいえない大人の休日がまったりと過ぎていく。
「あ、雨彦さんビールもう一本飲みます?」
「ああ、そうだな」
立ち上がりかけた雨彦を制止して、取ってきます、と、彼女は冷蔵庫からビールを取り出して戻る。雨彦の大きな背中が部屋の中で、やけに頼もしく彼女を誘惑しているように見えたのも、雨彦の言葉を借りるならば、酒のせいなのだろうか。ビールを手にした彼女は戻るなり、その大きな背中にぎゅう、と思いっきりしがみついた。
「んっ、こら、どうしたんだい?」
「んーん」
なんでもないです、と笑う彼女を背負って、雨彦は相変わらず銀杏をかじっている。邪魔をするなよ、と苦笑して、彼女の手からビールをひょいと取り上げると、雨彦はそのまま彼女を器用に、ぐるりと自身の前に回して胡坐の上に乗せて抱く。
「わ、わっ」
「悪戯っ子は膝で大人しくしてな」
ばり、と殻を噛み割って、取り出したオレンジ色の銀杏を、雨彦は彼女の口に放り込む。
「銀杏とビールとお前さんがあれば安泰さ」
「一緒にしないでくださいよ……」
文句を垂れながらも彼女は、嬉しそうに雨彦の膝の上ですりすりと、腕に頬を擦り付けている。親鳥にでもなった気分だぜ、と口を開けて待つ彼女の口にまた銀杏を放り込んで、悪い大人の二人は時間をかけてゆっくりと、銀杏の殻をテーブルに積み上げていった。