@toasdm
今日の晩飯は何にしようかねぇ、と買い物かごを片手に、次郎はスーパーに入っていく。隣並ぶ彼女もとことこと後ろをついていき、陳列された野菜や果物で、二人は季節の変わり目を感じる。
「梨、柿、一年中手に入るっちゃ入るけど、やっぱ旬のものが一番だよねぇ」
手に取った梨をひとつかごに入れ、これは食後のデザート、と次郎は笑う。
「秋といえばやっぱ、秋刀魚でしょうよ」
鮮魚コーナーで銀色に光る秋刀魚を眺めて、次郎は嬉しそうに言った。
「秋刀魚、大根おろし、ビールにしようか日本酒にしようか……」
「飲むの前提ですか?」
「うん、そーだよぉ? うまいサカナとうまい酒、最高でしょ」
サカナの字はどっちなんですか、とくすくす笑う彼女の頭をぽんとひと撫でして、次郎は秋刀魚も手に取った。
「あー大根あったっけ?」
「ええと、この前煮物で使っちゃってましたね」
「たはー、じゃあついでだから買ってっちゃいますか」
くるりと踵を返して野菜コーナーへと戻ると次郎は大根もかごに入れ、六缶パックのビールもついでに手に取る。あっという間にかごが満たされて、次郎はぐっと手に力を込めて持ち直す。
「重たくないんですか?」
「あ~、まあ重たいけど、こんくらいはねぇ?」
言うほどじゃないよ、とかごを持ち上げてみせる次郎の腕の筋肉と、骨ばった手の甲の筋の浮き具合に、彼女は目線を奪われる。釘付けになってまじまじと見つめて、頬を若干赤らめる彼女の様子に、次郎はからかい混じりに言った。
「何、何、惚れ直しちゃう~、なんつって?」
「う……は、はい……なんか、男の人、だなぁって……」
「…………たはは」
照れ笑いが二つ、スーパーのレジを通過する。からかうつもりでちょっかい出して、素直にそんな風に言われて、ドキッとしたとか、言えないって……。人差し指でぽりぽりと頬を掻き、次郎は気もそぞろに、エコバッグに恥ずかしさごと荷物を詰め込んだ。
「さて、秋をお料理しちゃいますかっ」
ぐっとシャツの袖をまくりあげて、次郎は夕飯の支度を始める。手伝いますよ、とキッチンに来た彼女をくるりと回して、次郎は背中を押してリビングの方へと戻す。
「いいのいいの、プロデューサーちゃんは座ってて」
「え、でも」
「ここはおじさんに任せて、ゆっくりしててよ」
お言葉に甘えて、とリビングに戻った彼女の背中をちらりと見て、次郎はキッチンで呟いた。
「サプライズできなくなっちゃうからねぇ」
にまにまと緩む口元を隠そうともせず、次郎は手際よく夕飯を作っていく。
やがて部屋中に、香ばしく秋刀魚の焼きあがる香りが立ち込めはじめて、それに誘われてふらふらと、彼女はキッチンへと再び姿を現した。
「あーーーだからもう、待っててって」
「で、でも……」
「お腹すいちゃった? プロデューサーちゃん食いしん坊さんだよねぇ」
違います、と慌てて否定する彼女の背中をもう一度リビングに押しやる暇もなく、彼女は盛り付けられた秋刀魚の皿に、きゃー!と思わず叫んだ。
「ね、猫さん……!」
「あーあ、見つかっちゃったぁ……」
サプライズ大失敗、と後ろ頭をがしがしと掻いて、次郎は皿の上の大根おろしにしょうゆをちょんちょんと垂らしていく。
「にゃんこおろしと秋刀魚、可愛いでしょ?」
「可愛い、可愛い……可愛いですっ!」
指先を器用に動かして、次郎は大根おろしを猫の形に盛り付けていく、垂らしたしょうゆで模様をつければ、どこからどうみても立派な猫だ。
「次郎さん……すごい、ですね……」
「そ? あんたが喜んでくれたら頑張った甲斐があったってもんだ」
「力強くて男の人らしい次郎さんの手から、こんな可愛いものが……ふふふ」
くすくす笑う彼女を抱きしめて、次郎はにんまりと笑って言った。
「おじさんけっこー可愛いもの好きよ? だからあんたの事、好きなのかもねぇ」
びくり、と硬直した彼女を抱きしめてもう一度、今度は耳元で次郎は囁く。
「……にゃんこもあんたも、おじさんにとっちゃ可愛いもんだ」
借りてきた猫のように大人しくなった彼女の耳にそっと唇を触れさせて、次郎は満足気ににんまりと笑う。飯にしよっか、と言われるまでずっと、彼女は硬直したままだった。