@toasdm
じりじりと照りつける夏の日差しがほんのりと、秋のヴェールで覆われる。季節は、遮光カーテンのように夏を少しずつ秋へと変える。日のあたる場所はまだ暑いけれど、日陰に入ればその恩恵を受けられることも増えてきた。
「秋の夜長に読書かい?」
「ふふふ……」
読みかけの文庫本をひょいっと取り上げて、うつぶせて肘をついていた私の顔の目の前に、雨彦さんがごろりと転がってニッと笑う。普段大人びている雨彦さんがこんな風にアピールしてくる時は、かまってほしい時と相場は決まっている。お風呂上がりのしっとりとした温もり混じりの香りを連れて、雨彦さんはベッドで転がる私にすりすりと、額をすりつけて甘えてくる。
「雨彦さんはもう休まれますか?」
「ん……そうだな、お前さんもそろそろ休めよ」
「わぁっ?!」
ぎゅう、っと強く抱きしめられたかと思ったら、伸びてきた腕はそのまま私を転がしながら持ち上げて、あっという間に雨彦さんの上に乗せられてしまう。相変わらず力が強いな、と妙な感心をする暇もなく、雨彦さんの両腕が私の頭をぎゅっと抱えこんでしまった。
「はぁ……お前さんは落ち着くな」
「私の方はちっとも落ち着きませんが」
下ろしてください、離して、と喚いてみたところで、こうなった以上雨彦さんは、はいはい、後でな、今はいいだろう、と聞き流してしまう。何がそんなに楽しいのか、雨彦さんは私を、掛け布団のようにして遊んでいる。
「布団じゃないんですってば」
「俺にとっちゃ似たようなもんだぜ? かけてよし、抱いてよし、温くて柔らかくて気持ちがいい」
ちゅ、と唇を触れ合わせて、コツンとおでこをくっつける。重たくないんですか、といつものように聞いてみれば、それが心地いいのさ、となんともいえない返答。重たいのは、否定しないのが本当に、なんともいえない。悪かったですね、重たくて。
「成人女性の平均的な重さだろう?」
「私何も言ってないです!」
「はは、そうかい」
こいつ、心を読んだな?!とアニメの主人公みたいなことを思っていれば、また鼻先で、雨彦さんはニヤリと笑う。
「お前さんの考えていることくらいお見通しだぜ?」
敵う気が、全くしない。諦めて、がっしりとした筋肉がバランスよくついた胸板に、私は頬をよせて目を閉じる。掛け布団になってやるんだから。重たくて痺れてしまえばいい。
「眠くなっちまったかい?」
すぅ、はぁ。ゆっくり優しく上下する胸、穏やかな呼吸の音、トクトクと刻む鼓動のリズム。雨彦さんはゆりかごだ。目を閉じていると、全ての感覚が雨彦さんで満たされる。お風呂上がりのいい香り、温かな体温、優しい手の感触が、ゆったり頭を撫でてくれる。
「子守唄でも、歌ってやろうか?」
「……ん…………いい……」
意識が、体の力が、誰かに引っ張られるみたいに、後ろ側に抜けていく。今子守唄なんて歌われたら、本当に、このまま雨彦さんの全身に血行障害を引き起こしてしまう。ずるずると降りようとする私の体を、しかし雨彦さんはぎゅっと抱きしめて、離してくれない。
「離して……寝ちゃう…………」
「このまま、眠ってしまえばいい……お前さんが寝たら、ちゃんと下ろしてやるさ」
優しい声は、耳元で。
あやす手は、背中に。
規則正しいリズムは耳に、温もりは、全身に。
ああ、こんな幸せな眠りもあるんだ。あるんだね、雨彦さん。
ふわふわと漂い始めた夜の優しい感覚に、意識はやがて、フェードアウトする。夢の入り口で立ち止まっている私の背中を、雨彦さんの柔らかな、低い声が、胸からも耳からも、とん、と押してくれたような、気が、した。
「……おやすみ、お前さん」
夢なんて見る隙間もないくらい、穏やかな眠りが、やってきた。