@toasdm
秋晴れ、すっきりとした高い空。雲があんな遠くにある、と見上げた青に、ふわりと白が領域を広げている。
「秋だねぇ」
「秋ですねぇ」
次郎は布団を広げて干して、ふぅ、と溜め息をつきながら腰をトントンと軽く叩く。
「ふふふ、おじさんみたい」
「んー? おじさんだよぉ?」
午前中に掛け布団、午後には敷布団と交代して干した布団は、洗い立てのシーツと一緒にベランダで光を浴びている。
「そんなおじさんってほどでもないじゃないですか」
「いやー、若い子とは全然、体力が違うもんねぇ」
はいはい、退いた退いたー、と取り込んだ掛け布団を雑に畳んで、次郎はリビングにぼふっ、と置いた。
「若い頃ってさぁ、徹夜の疲れとかも翌日一括払いって感じだったんだけど」
太陽の香りを纏った布団はふっくらと膨らんで、温もりと心地よさを保証するかのように形を保って床にこんもりと盛り上がる。
「今は一週間分割払い、リボだから利息までついちゃう」
「なんですかそれ」
くすくすと笑う彼女の手を引いて抱きしめて、次郎は布団の小山にそのまま背中から倒れこんだ。
「う、わっ」
「ったはーー……ふっかふかしてそーだと思ってたのに、半分くらい床ダイレクト」
いてて、と腰をさすりながらも、次郎は彼女を抱きしめて離さない。仕方のない人だ、と笑いながら窓の外に広がる秋空の青をなんとはなしに見上げて、彼女はぽつりと呟いた。
「……空ってどうして青いんでしょうね」
「あれ、習わなかった? レイリー散乱」
「…………え、誰?」
「誰、って、確かイギリスの物理学者だけど」
「知り合い?」
「んなわけないでしょ」
つん、と次郎の人差し指が、ふざけて笑う彼女の額を軽く小突いた。
「太陽の光ってさ、虹色に分かれるでしょ?」
自分の体の上に乗せた彼女の体を優しく撫でて、次郎は隣に下ろして一緒に空を見上げた。
「目に見える光、可視光の中で、光の波長が長いのが赤、短いのが青とか紫」
ふんふん、と次郎の腕枕に頭を乗せて、彼女も空を見上げながら説明をじっと聞く。
「波長の短い青の光は大気中の小さい粒子とぶつかって拡散するから、空って青いのよ」
「……?」
「逆に、夕焼けは太陽が遠くなるから、波長の長い赤の光がこっちまで届きやすくて、赤く見える」
「つまり、太陽の光の色には、見えやすい色と見えにくい色あるってこと?」
「そそ。いい子だねぇ。青空は、青い光がたっくさん散らばるから青く見えるの」
半知半解といった様子の彼女を腕に抱き閉めて、次郎はもう一度布団に埋まった。
「ちゃんと教材とか用意して教えてあげたくなっちゃうねぇ」
「うぅ……物分りが悪くてすみません……」
「あー、いいのいいの、そっちの方が燃えるから」
変な言い方しないでください、と真っ赤になって布団に埋もれた彼女の頭を撫で付けて次郎は、へらりと笑った。
「あったかい布団とさ、あんたがいて、おじさん今けっこー幸せよ?」
二人を包む柔らかな日向の匂いが、一瞬時間を止めたような気がして彼女はじっと次郎を見つめる。
「ずっとこうやってたーい、なんてねぇ……」
幸せそうな顔で腕の中の彼女を見下ろして、次郎は彼女の額にコツンと自分の額を合わせて目を閉じた。
「ね、結婚しよっか。俺、あんたと一生こうやってたい……」
次郎の言葉はゆったりとした波長で彼女の耳元に届く。胸の内で散乱する言葉の意味を受け止めて、彼女は小さく頷いて次郎にそっと抱きついた。
陽光の温もりが包んでくれた、秋晴れの午後の話だった。