「ははは、御代は結構ですよ」
ほくほくと深夜のコンビニで遭遇してまんまとお持ち帰りされてしまうPさんのお話です。後日談も、そのうちに。
@toasdm
手にしたカゴの中に次々と、北斗は食品を追加していく。どこのコンビニにも置いてあるようなさきいか、サラダ用チキン、缶詰のいわしなどで、小さめのカゴはあっという間にいっぱいになる。
「俺の家ですけど、いいですよね?」
「あ、ええと……」
帰りはどうしよう、と言い出すこともできず、彼女は黙って頷いた。夜更けに男の部屋に上がりこんで二人で酒を飲む、なんて――。何をされても文句は言えない、と思うものの、カゴの中にあるこれらがいったいどんなつまみになるというのか、気になって仕方がない。朝まで飲んでいればいいか、と自棄気味になったのは、やはり、自分の格好が北斗に比べて見劣りするからだろう。深夜のコンビニで大量の酒とつまみの材料を買い込んで、二人は再び夜に出た。
「おうち、近いんですか?」
「近くはないですね」
じゃあなぜ、と詮索するのもおかしいかと思いなおして、彼女は大人しくついて歩く。ちょっとした散歩、とふんわり濁して、北斗は彼女の歩幅に合わせて歩いた。言葉通り、程よい散歩の一時間弱歩き、見るからに高そうなマンションのエントランスで、北斗は暗証番号を押して中へと彼女を招き入れた。
「さあ、一緒に悪いことしましょう」
悪戯っぽく笑う表情の若さに、そういえば彼も二十歳の学生だった、と認識を改める。通された部屋はすっきりと片付いていて、北斗らしい、と表現するのがしっくりくる程度には、北斗らしかった。
「座っててください、用意しちゃいますから」
何か手伝いでも、と立ち上がりかけた彼女を推し留めて、北斗はキッチンの明かりをつける。さきいかの袋を開封してボウルに入れると、買ってきた一合瓶の日本酒をだばだばと開けて、北斗は手際よくつまみの用意を始めた。
「ビールでよかったです?」
梅酒もワインも日本酒もありますよ、とバーの店員のように聞く北斗の声は些か弾んでいるようで、料理が好きなのかと彼女が聞けば、振舞うことが好きだと笑って答える。
「苦手なものとか、ある?」
幾分砕けた話し方になっているのは、恐らく先ほど、余った日本酒を少し呷ったせいだろう。大丈夫です、と答えた彼女の目の前に、北斗はグラスを並べる。
トントントントン、とリズミカルな包丁の音、やがて漂ってくるおいしそうな香り。気がつけば彼女の目の前にはグラスだけでなく、いわしの缶詰にみじん切りのたまねぎが乗ったものやらスクランブルエッグやら、およそコンビニで調達してきたものからは想像つかないような料理たちが並び始めた。
「すごい……すごいです、これ全部伊集院さんが……?!」
「ふふっ、エンジェルちゃん達に喜んでもらえるなら、なんだってしますよ」
またスマートにウィンクをして、北斗はボウルにあけたさきいかにマヨネーズと七味をさっと和える。ただのさきいかは、潮の香り漂う大人のつまみに返信した。
「あ、これ……」
「バレちゃったかな? ポテトチップス」
クラッカーにスクランブルエッグを掬い乗せて、北斗は彼女に差し出した。受け取って一口かじると、彼女の口の中にはよく知ったあのコンソメ味が広がった。
「おいしい……」
彼女の頬が綻ぶたびに、目の前で北斗も笑う。嬉しいです、と酒も勧めて、二人の前から酒とつまみが消えていった。
「一人酒のつもりだったので、すごく嬉しくて……ふふ、全部おいしかったぁ!」
「そう? じゃあ、後でレシピをお渡ししますよ」
メールでいいですよね、と微笑む北斗に、彼女は申し訳なさそうに笑って礼を言う。
「はー……お兄さんおいくらですかー?」
「ははは、御代は結構ですよ」
「でも、こんなおもてなし、申し訳ないです」
「うーん……そうですね……」
でしたら、と北斗はテーブルにやや身を乗り出して、徐に、彼女の唇にそっと、人差し指と中指をそろえて触れさせた。ふに、と柔らかな感触が指先を包み、北斗は目を細める。
「今夜の御代は、これで」
ごちそうさまです、とまたウィンクをして、北斗は彼女の唇から指先を離して、それを自身の唇に触れさせた。
「次は直接でもいいですよ?」
それが本気なのかどうなのか、酔いの回った彼女には、判断がつかなかったのだが。嫌ではない、と思う程度には、二人は大人だったと、言えるかもしれない。