@toasdm
変装のためにかけていた眼鏡をぐっ、とあげて、冬馬はボタンに手をかける。
「いえ、あの……天ヶ瀬さん……」
「いいって、あんたはそこで黙ってみてな」
ニィッ、と口元をゆがめた表情は挑戦的で、じっと見据える目は真剣そのものだ。一方横で見守っているプロデューサーはといえば、なんとも複雑な表情をしている。言い出せない、でも嬉しい、年相応で可愛らしい。さまざまな感情が渦巻く彼女の表情は、複雑という以外に表現のしようがなかった。
事の発端は、ラジオ番組の収録を終えた帰りの車内にまでさかのぼる。ちょうど、ラジオのトーク内容でゲームセンターなどにおいてあるプリント写真機の話題が出たのがそもそもの始まりだ。
「私が学生の頃よりグレードアップしてるそうですよ」
「ふーん……」
興味なさそうな返事を返した冬馬は、あまり縁がないという。
「クラスの女子とかは、あの機種がいいとか盛れたとか言ってるけど」
「天ヶ瀬さんは撮らないんですか?」
「興味、ねーし……」
あまり女子と仲良くしている印象もないことから、恐らく本当に、縁遠いのだろう。くすくすと笑う彼女にムッとしながら、冬馬はふてくされて話を続けた。
「あんただって社会人になってから似たようなもんだろ」
「そうですね、浦島状態です」
「別に……あんたとなら、行ってやってもいいぜ」
「え?」
運転中で隣を見ることはかなわなかったが、声の調子からいって耳まで赤くしているのだろう。素直に興味があると言えばいいのに、とまたくすくす笑う彼女にぎゃあぎゃあ喚く冬馬を乗せて、彼女は繁華街の大型ゲームセンターに向かっのだ。
「うわ……なんか、気持ち悪ぃな……」
「原型…………とどめてない、ですね……」
仕上がったプリント写真は二人の瞳を不自然に大きく丸く、肌色は白く、足はやたらと細く長く、違和感のない程度に加工をとどめたものの、違和感は拭えなかった。
「天ヶ瀬さんは元がいいから……」
「……おぅ」
なんともいえない微妙な空気のままだったが、二人で相談しながら落書きをしたり加工したり、と、学生時代に戻ったような気分にはなることができた。
「あんなのがいいのか……まじわかんねー……」
「グレードアップはしてましたけど……やりすぎかと……」
そそくさとバッグに写真を仕舞いこんだ彼女がふ、と顔をあげたのは、同じゲームセンター内にあったクレーンゲームの機械だ。可愛らしいぬいぐるみがぎゅうぎゅうと押し込まれたクレーンゲーム機がひしめきあった店内フロアで、彼女は一匹のぬいぐるみに目を留めて、足を止めた。
「ん? あんた、こういうの好きなのか?」
「え、あ、いや……」
「付き合わせたから、ってわけじゃねーけど」
財布の中からいくらかの小銭を取り出して、投入口にコインを入れるまでは早かった。早すぎて彼女は言いそびれてしまった。
――別に、かわいいからみてたわけじゃなくて、ブサイクだな、ってみてたんだけど。
ブタともネコともイヌともつかない不恰好なぬいぐるみが、後もう少しで穴に落ちるような位置で引っかかっているのが、気になっただけだった。欲しいか欲しくないかで言えば全く欲しくない。だが、クレーンゲーム機を前にした冬馬の真剣な横顔を見てしまうと、それも言い出せなくなったのだ。
「天ヶ瀬さん、こういうの得意なんですか?」
「得意ってほどじゃねーけど、この程度なら楽勝だぜ」
ボタンにかけた手に力を込めると、クレーンがゆっくりと筐体の中で動き出す。舌打ちをして、アーム弱そ、と呟いた冬馬の瞳は、こころなしかいつもより若々しく、楽しそうに見えた。ますます言い出せない、と困惑する彼女を余所に、冬馬はクレーンを操作して、一発でその、なんなのかよくわからないぬいぐるみを落として取り出した。
「ほらよ」
ドヤッ!と書いてあるような表情が年相応で可愛らしくて、ありがとうございますとそれを受け取った彼女は自然といい笑顔になってしまった。
「んだよ、そんなに欲しかったんなら素直に言えっての……」
まんざらでもないといった様子の冬馬が照れくさそうにそう言うが、そもそも素直にプリント写真が撮りたいと言わなかったのは君の方でしょ、と彼女はこっそり心の中で呟く。口から出たのはそんな彼を、愛おしく思う気持ちでコーティングされた彼女の本音だった。
「ふふふ、ありがとうございます。かわいいですね」
ぬいぐるみを抱きしめて言う彼女の様子から、冬馬はきっと、勘違いしてくれているだろう。可愛いのはぬいぐるみじゃなくて天ヶ瀬さんですよ、という彼女の本音に気付けるほど、冬馬はまだ、大人ではなかったのだから。