@toasdm
未だに、信じられなくなることがある。こんな素敵な人が、私みたいな普通の、ごくごく普通の一般的な人間を好きだといって、愛してくれるなんて。
雨彦さんの愛を疑っているわけでは、もちろんない。雨彦さんが私を見つめる優しくて穏やかな瞳は一点の曇りもない。本当に私の事が好きなんだ、と信じさせてくれる。見た目は少し怖いかな、と思うことがあるけれど、でも人間味に溢れていて、ちょっとお茶目で、たまに甘えてきたりして……。付き合っているうちに、本当に、のめりこむように夢中になってしまうくらい、雨彦さんは魅力的な男性だと思う。
なまじアイドルなんて仕事をしているものだから、容姿に関しては本当に、言うことナシ。背も高くて手足も長くて、顔立ちだって整っている。なるべくしてなった、と思ってしまうほどに、雨彦さんは格好いい。だからこそ。だからこそ、なんだと、思う。
「はぁ……」
事務所の給湯室の壁に取り付けられた鏡に映る自分は、なんて平凡なんだろうか。決して不細工、というわけではない、と思うけれども、美人でもなければ可愛くもない。雨彦さんは、笑ったときにえくぼがでるのが可愛い、とか、表情が豊かでみていて飽きないだとか、そんな風にいってくれるけれど……それでも、鏡の中に映っているのは、どこにでもいる普通の社会人女性でしかない。花があるわけでも、人を惹きつける魅力があるわけでも、もっと言ってしまうと、雨彦さんをつなぎとめておけるだけの容姿に恵まれているとは、全然思えない。
職業柄、容姿の整った人間を多数目にするというのもあるのかもしれない。アイドル、俳優、歌手。芸能界の華々しさに慣れてしまっているからかもしれない。極稀に街中を歩いているときに声をかけられることもなきにしもあらずだから、そこまでアレな感じじゃないとは思うけど……。
「やっぱり、見劣りしちゃうよね……」
「そんなことないと思うがね」
「っ!?」
溜め息混じりに鏡の中の自分に独り言をもらした私の後ろから、大好きな、声がする。慌てて振り返ると給湯室の入り口にもたれかかった雨彦さんが、よぅ、なんて、軽い調子で声をかけてくる。ニヤニヤ、してるし。
「お前さんは可愛いと思うぜ?」
「よ、欲目、では……」
お疲れ様です、といつもの調子で平静を取り繕おうとするものの、雨彦さんは誰もいないのをいい事に、私の体を後ろから、ぎゅうっと包むみたいにして抱きしめてくる。
「お疲れさん。お前さんは可愛いさ……俺がそう思う、ってだけじゃ、ご不満かい?」
「不満、とかでなく……」
「見劣りもしないぜ?」
見てみな、と前を向かされる。雨彦さんは腰を屈めて、私の肩にちょこんと顎を乗っけてくる。鏡の中には、やたらと嬉しそうな顔の整った美丈夫と、平凡な私が並んでいる。
「似合いの連れに見えるだろう?」
「わ……わかり、ません…………」
「そうかい? 別嬪さんじゃないか」
「ひぅっ!」
私が、耳が弱いことを知っていてわざと、雨彦さんは耳元に甘く囁く。吐息の熱を感じて思わず首をすくめた私の頬にすりすりと顔をすりよせて、鏡に向かって雨彦さんは、にやけた調子で問いかけた。
「鏡よ鏡、俺の世界で一番の別嬪さんは誰だい?」
「な……っ」
「はは、ほら、お前さんが映ってる」
当たり前じゃないですか、と鏡越しに目を合わせて文句を言って、抱きしめてくれている腕をばしばしと叩く。
「これは魔法の鏡じゃないんですよ、普通の! 普通の鏡です!」
「そうかい? 未来を映す鏡だって、聞いたことがあるぜ?」
悪戯を思いついた子供のような顔でにやりと笑って、雨彦さんはもう一度、鏡越しに目を合わせながら呪文を唱えた。
「鏡よ鏡、俺の未来の嫁さんは誰だい?」
……呼吸が、一瞬、止まった。雨彦さん、今、なんて言った、の?
「ああ。お前さんが映ってるな……」
目尻を下げて嬉しそうに、ふにゃりと笑う雨彦さんの顔は綺麗なままなのに。
「うぅ…………」
恥ずかしすぎて俯いてしまうと、見ることすら、できない。
「まあ、いずれ、な」
真っ赤になった私はただ、俯いて、頷くしかできなかった。