@myon34
少しばかり、昔話をしようと思う。
私がたどり着いたのは、ひとつの小さな町工場だった。
当時の私は最新鋭と銘打たれ、数多くの兄弟と共に旅立ちの日を待っていた。次々と大きな工場に買われていく兄弟たちを見送り続け、いよいよ自らの番が来たかと思えば――――少々寂れた雰囲気を醸している町工場にその腰を据える事となったのだった。
社長を名乗る工場責任者が、汗をぬぐった薄汚れた軍手で私の身体を叩きつつ、お世辞にも大人数とは言い難い従業員たちに対して自慢げに紹介するのを聞きながら、どうしてこのようなところにと、少々歯がゆい想いを覚えたのを確かに記憶している。
私には、自我があった。
口が無ければ話す事は出来ず、手足が無ければ動くこともままならない。
誰に悟られることも無く、誰に伝えることも無く。
だが、私は確かに『機械として』心のままにそこに存在していた。
また社長はそういうものを買うんだから、と従業員のひとりが言えば、小さな工場の中はすぐに笑い声で満たされた。だが、そのような緩い空気の中でも熱の篭った視線が注がれていることに、ふと気付く。
見れば、従業員の中でも最も年若いであろう青年が、酷く目を輝かせてこちらを見つめていた。それは、好奇でもあり、興奮でもあり、歓喜でもあった。
それが、彼との出会いだった。
彼は好んで私を使った。
技術も未熟であれば、操作もおぼつかない程の不器用さで彼は私を操ろうとする。
私自身、幾度も危機を覚えたことがあるほどだったが、その度に上司にこっぴどく叱られ落ち込む彼のことは、不思議と嫌いではなかった。
涙を流しながら私に触れる彼の目は、他の誰よりも真摯だったからだ。
「俺はさ、職人になるのが夢なんだ」
就業後も、彼は毎日ひとり遅くまで残って私のメンテナンスを怠らなかった。汚れた身体を綺麗に拭き、駆動部に油を差し、小さな歯車ひとつひとつすら慈しむように指先でなぞりながら、私に語りかける。
「俺は馬鹿だから勉強も出来ないし、物覚えも悪いから怒られっぱなしだけど、物を作るのだけは好きだから。他にはなーんにもいらないんだ。いつかさ、認められるようなものを作れるようになって、これは俺が作ったんだ、俺にしか作れないんだって言えるようになりてぇんだよ。どれだけ時間がかかっても、必ずさ」
だからお前も協力してくれよ、と彼は笑う。どうにも、彼は私を一目見たときから私に惚れこんでしまったらしい。もうお前しか使う気が起きないんだよ、と言うのが日頃から口にしている彼の口癖だった。
最初はそのことに疑いを持っていた私も、どうやらそれが本心だったと言う事に気付いたのは数年後のことであった。
徐々に年数を重ね、古くなっていく私を尻目に工場には徐々に最新の設備が増えていった。技術の進歩と共に略されていく工程、果てはコンピューターを内蔵して自動化されたものなど、様々な後輩たちがやってきたものだった。
だが、それでも彼は私から離れなかった。
「新しけりゃいいってもんじゃねぇ……って言えれば格好良いんだけど、やっぱ馬鹿だからかな、あっちは使える気がしねーや」
もう、上司に叱られ泣いていた青年は居なかった。老いを重ね、いつしか最年長となっていた彼は、しかし変わらずケラケラと笑いながら今日も私を磨いていた。
過ぎ行く季節と共に、彼は色々なことを話してくれた。
彼の元には嫁が嫁ぎ、子を設け。その子が子を産み――――今は孫を愛でるのが楽しいのだと、骨ばった指で今日も歯車を弄りながら、彼は私を慈しむ。
「……お互い、歳を取っちまったなぁ。もう、お前を触れるのは俺しかいねぇし、今の若い連中はどうにもお前を敬遠しちまうんだ。知ってたか? お前を作ったメーカーも、もうお前の型式は古すぎてサポートしてくれねぇんだと。良くまだ使っていましたね、と呆れ半分で褒められちまったよ」
彼は、夢を叶えていた。
彼は、自身が満足して名乗れるほどの職人になっていたのだ。
積み重ねていた努力は実を結び、彼の作った部品の一部は世界的にも有名な開発部に納められたこともあったのだ。
しかし、彼の言うとおり――――私たちは、老いには勝てなかった。
彼は体力の衰えを理由に、職人としての引退を決意し。
――――私は、致命的な欠損を迎えたことにより、廃棄が決定された。
「お前が居てくれて、本当に良かったよ。お前に出会ってなかったらさ、俺は――――」
彼の目から、涙が落ちる。
――――――――口惜しいと、心から思った。
感謝すべきは私の方だったのだ。機械として生まれ、天寿を全うできたのは彼の献身あってのことだ。ここまで愛されたことに対して、私は何も感謝が伝えられない。涙のひとつも流せない。彼の涙をぬぐってすらやれないのだ。
だから、私は――――ひとつ、誰にも伝えられない夢を得た。
トラックに載せられ、彼に見送られながら私は次の人生へと向かう。
私の身体は溶かされ、同じような仲間や兄弟とともに混ざり合い、新たなものへと生まれ変わるだろう。その際に、『私』という存在がどうなってしまうのかは、分からない。人で言う『死』が、私にも訪れるのかもしれない。
私の夢の話をしよう。
私は、実に幸福だった。勿体無いほど、幸福だった。
だからこそ、私は次の生を得ても、他者の幸福を祈り、祝える存在になりたい。
誰かの夢を叶え、共に歓喜し、涙を流せる存在に、なりたい。
昔話はこれにて終い。これから紡がれるのは、未来の話。
大切な夢を抱えたまま、トラックの揺れに身を任せ、私は永い眠りについた。
感謝を唱え、祈りを捧げ、未だ見果てぬ来世を夢見ながら。