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作品№03 「名状しがたき黄粱の夢」

全体公開 3274文字
2018-10-06 11:29:58

人間以外の夢で思いついたのがこれです。ネタ被りがこわい

Posted by @myon34

 彼は目を覚ました。
 無限に弾けては潰(つい)えるなべての原子の狭間(はざま)にて、狂乱(きょうらん)のままに沸き立つ。吐き気を催(もよお)さんばかりに外れた音色(ねいろ)のフルートを吹き鳴らして踊る無形(むけい)の人形が、まんじりともせず名状しがたきリズムを刻む。
 冒涜的(ぼうとくてき)な音を立てて無意味な泥が飛び散り、哀れな踊り子がケタケタと笑い声を上げながら押し潰された。
 ぼこり、湧き上がったヘドロが形容することのできない腐臭を漂わす。狂ったように叩きならされる太鼓の音色に合わせ、フルートが引き裂かれんばかりに甲高く声を張り上げる。
 王の目覚めだと高らかに。うぞりと蠢(うごめ)く不可視の泥濘(でいねい)を前に、フルートドラムと全ての楽隊が暗澹(あんたん)とした恐怖さえ感じられる静寂を呼び起こす。
 何の意味もなく、何の存在もない。何の価値もなく、何の象徴でもない。次元を超越した深淵の果て。
 忌まわしき虚無と漆黒(しっこく)の空間に、ただ意味を以て自存する常闇(とこやみ)が浮かんだ。暗闇に燃え上がる三つの瞳(ひとみ)がにたにたと混沌の奥底を眺めるのみ。次の刹那(せつな)からはまた楽団の演奏が轟き、常闇をぐるぐると廻り巡るようにして行進を始める。
 ぶよぶよと太った円錐形の肉々(にくにく)しい塊が無数の触手に貌(かお)の全てを覆(おお)いつくされながら。冒涜的な異形を表した顔面を幾重(いくえ)にも塞(ふさ)いで隠しつつくつくつと冷ややかに笑った。
 王よ、夢を見ましたでしょう。
 王と呼ばれた彼、無意識を湛(たた)えた泥濘の洞(うろ)は憮然(ぶぜん)たる面持(おもも)ちでぼこぼこと体を伸縮させ、黒い螺旋(らせん)の玉座の上で大の字になって泡立つ。それは七竅(しちきょう)すら見当たらぬ、奇怪(きかい)なる無。鬱(ふさ)ぎ込まれた空隙(くうげき)のうちに悪魔的な光沢を放つ泡を放ち、恍惚(こうこつ)とすらも表現できぬ情動を迸(ほとばし)らせる。
 ああ、夢を見た。
 どんな夢を見ました。
 大自在に伸縮する触腕が円錐形の肉を引き攣(つ)らせた。吐き気を催すばかりの腐臭と共に泡立つ彼は窮極(きゅうきょく)の暗澹を孕(はら)んだ螺旋状(らせんじょう)の玉座の上で広がり、また縮んだ。
 たいそう長い夢だった。
 彼はぼこりと笑った。ありとあらゆる生命体がその正気を奪われてしまうほどの宇宙的恐怖を貼り付けた、屈託の無い絶叫だった。
 肉々(にくにく)しい塊たちが、揃って口角を吊り上げる夢だ。毛深く強欲的で卑猥(ひわい)なるものども。数多の星辰(せいしん)が正され、崩され、また正されていくうち、須(すべから)く肉の塊達も姿を変えていく。おぞましき幾多もの触手を持つ都市が水底にて再起を待ち、どろりとした粘着質な焔(ほむら)を吹き上げる大陸は海中にその姿を消す。黒く虚偽(きょぎ)と淫蕩(いんとう)に塗(まみ)れた不定形の奴隷達が襲いかかり、星形の者どもはいずこへかと消えゆく。
 それからどうなりました?
 それから、そうだ、何かがあった。毛深き猿の一団が木を降り、骨を持ち、地に立ったのだ。それからは原野に火が回るように。灯火(ともしび)を手に、石を投げ、同じような獣を追い立て回しては広まる。それがしばらく続いた後、塔が出来た。
 塔が?
 その暗闇に耀(かがや)く三つの目を懐疑的(かいぎてき)とも冷笑的(れいしょうてき)とも言えるように漂わせ、訊(たず)ねる。
 常闇の眼前に横たわる無貌(むぼう)の王こそが混沌の大王であると決して悟(さと)らせない流麗(りゅうれい)な相槌(あいづち)。寝返り一つで星を消し去り剰(あまつさ)え物理法則(ぶつりほうそく)すらも崩しさる恐怖の大王を目にして正気を保ち、軽く受け流す混沌の従者。彼はぼごぼごと小刻みに震動し、その分だけ甲高いフルートの音がズレる。あたかも彼の動きに世界がついてきているかのように。
 嘻(ああ)、塔だ。おぞましき塔だ。粘土とレンガで作られた塔だ。不遜(ふそん)にも私に近づいた、地獄的な醜悪(しゅうあく)さを誇る巨塔だ。その時猿たちは私を見た。私を主だと喘(あえ)いだ。私を悪魔だと叫び、狂った。私は徐(おもむろ)に塔を壊し、猿の群れを彼方へと追いやった。毛はもはや抜けていた。猿たちは追われた地においても粛々(しゅくしゅく)とこれまで通りのルーチンをこなし、死に、また生まれる。それがまたしばらく続いて、更にしばらく続いた。ある時猿の一団は形容しがたき光沢をもつ金属を振るい、他の青銅に塗(まみ)れた一団を屈服させた。赤銅(しゃくどう)の輝きを持つ金属の硬貨を代価に肉と金(かね)とを変える術(すべ)を手にし、毛の薄き猿たちは大地の至る所に住み着き、広まり、移動し、死に絶えていく。それが数千の星の瞬(またた)きによって見守られた。
 それでどうなりましたか。
 黒い翼と三つに分かれた燃え上がる炯眼(けいがん)が、腹立たし気(げ)に蠢く。彼はうぞりと、傲慢(ごうまん)にも呆れかえるほどの怠惰(たいだ)をむさぼらんばかりの粘度を湛(たた)えた、液体とも固体ともつかない漆黒よりも昏(くら)い闇を這(は)わせる。
 哀れな無貌(むぼう)の人型が、とある星では神と崇(あが)められていたのかもしれない無名の泥の群れが闇に取り込まれ、そのまま出てくることはなかった。泥は病的なまでの癇癪(かんしゃく)と共に空を仰いで神々を嘲笑(ちょうしょう)し、数百もの同胞(はらから)を狂瀾(きょうらん)のうちに沈める。
 幾分か太鼓の異常な轟きの減った闇の中で、彼は決して意識することなく呻(うめ)いた。
 それで、それで。細く長い白銀(しろがね)の筒を飛ばしあい、その数を極端に減らしていくなかで、猿は私を見た。いいや、見たのかもしれない。愚かしき猿共は昔と変わらぬまま、私を主だと喘いだ。私を悪魔だと叫び、狂った。私は猿が求めたため、猿どもに触れた。猿共は消し飛んだ。ただそれだけだ。猿たちは消えた。私も消えた。突如、暗転するように闇に消えた。
 その後、どうなったのです。
 その後、私は死んだのだろう。私が死んだから目覚めたのか、目覚めたから死んだのか。猿共の享楽(きょうらく)を見続けた挙句、私は突如として消え去った。泡がはじけるよりも素早く、手短に。
 さようでございますか。
 常闇は得意らしく触腕を円錐形の肉へ触れさせ、あたかも撫でるかのように名状しがたい蠕動(ぜんどう)を行った。
 であれば、寵辱(ちょうじょく)の道も窮達(きゅうたつ)の道も、46億に生きたものたちの全てを一通りは味わって来た訳ですね。それは結構な事でした。即(すなわ)ち、世界と云うものはあなたの見た夢といくらも変っているものではありません。惰眠(だみん)を貪った果てに吐き出した寝言のように、その一切が怠惰して無意味。虚無にあきれ果てるまで続いているのです。であるならば今後、あれらのような戯(ざ)れ言を吐くことはおやめ下さい。顔の無い王が見た黄粱(こうりょう)の夢、決して適わぬ華胥(かしょ)の夢。貴方様の世界も夢も、須(すべか)らくそういうものなのですから。
 彼はじれったそうに常闇の語を聞いていたが、相手が念を押すと共に、ボコボコと身体を泡立たせ、こう云った。
 夢だから、なお生きたいのだ。私が見たあの長い長い夢がさめたように、この夢もさめる時が来る。この夢が醒めるならばその時まで私は生き続けなければいけない。その時が来るまでの間、私は惰眠を貪るかのようにこの世界にあらねばならない。もしかしたらこの夢の次にまた夢があるのかも、そうでないのかもしれない。私が見た夢はそれだけの説得力があった。それこそ私という白痴(はくち)の王が自存できる理由なき理由だろう。
 常闇は千の無貌(むぼう)を綻(ほころ)ばせて、然(しか)りとも否(いな)とも答えなかった。


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