「余裕……そんな風に見えるのかい?」
いつもからかってくるし余裕たっぷりに見える雨彦さんにストレートにぶつかってみたらこうなってしまいました、っていうお話です。
@toasdm
おかえりなさいあなた、ご飯にする?それともお風呂?それとも私?
こんなベタなことを言えば、雨彦さんは悪戯そうな顔をして「さて、お前さんはどれを選んで欲しいんだい?」なんて、意地悪なことを言う。聞いているのはこっちなのに、質問に質問で返すなんてずるい。ご飯の用意済ませてしまいますから、先にお風呂入ってしまってください、と背を向けてキッチンに逃げ込んだ私を、雨彦さんは後ろから、ぎゅっと優しく抱きしめてくれる。
「俺は三番目が好きだがね」
「……三番目にしますか?」
「そうさな、デザートにとっておこう」
冷蔵庫にしまっておくかい、とけたけた笑いながら冷蔵庫を開けて、雨彦さんは私をそこへぐいぐいと押し付けようとする。
「もー!」
「はははっ、痛い痛い」
ばしばしと胸板を叩いて抗議の声をあげる私を軽くいなして、雨彦さんはお風呂の支度を始める。面白くない私は仕方なく、夕飯の支度をするしかなかった。
「……雨彦さんって」
「ん?」
ご飯もお風呂も済ませて、あとは三番目を待つという段階になって、私達はいつものように、ソファにゆったり身を預けてテレビなんかを見る。付き合ってからずっと、雨彦さんに勝てる気は全くしないし、いつもからかってくるし、私の事が好きなんだろうな、っていうのは十分伝わってくるけど、本心が読める気がしない雨彦さんに、私は思いのたけをぶちまけてみることにした。
「雨彦さんって、どうしてそんな、余裕なんですか?」
「余裕……そんな風に見えるのかい?」
見えます、と食い気味に返事をした私をぎゅっと腕に閉じ込めて、雨彦さんは笑う。
「はは、そうかい、余裕あるように見えるんだったら、大成功さ」
「だ、大成功、って……」
にやりと笑って私をソファに押し倒して、雨彦さんは三番目のいただきますの準備に取り掛かる。優しく肌をなぞる手が指が、やっぱり、雨彦さんの余裕を感じるみたいでちょっと癪だ。
「…………余裕なんてない」
ぎゅっと私に抱きついて、雨彦さんの低い声が、鋭く耳元で、絞り出される。
「ないから、あえて余裕あるように振舞ってるつもりなのさ」
「なん、で……」
上半身をゆっくり起こして、雨彦さんが私を見下ろす。お風呂上がりそのままの、下ろされたままの前髪を雑にかきあげてにやりと笑う表情には、余裕しかない。
「決まってるだろう――惚れた女の前で格好つけたくない男がいると思うのかい?」
そんな、言い方。
ずるい。
ぎゅっと腕を回して雨彦さんを引き寄せて、私は目を閉じて唇を重ねる。ずるい、ずるい。そんな格好いいのずるい。触れ合った唇の温度すら余裕ありげに感じるくらい、全部が全部、自信たっぷり余裕綽々だと思ってたのに、急にそんな、人間くさいところ見せてくるとか本当にずるい。どうせキスをしている間も余裕なんだろう、と思って、いつも閉じたままの目をゆっくり、うっすら開けてみる。
「……!!」
初めは、驚いたように、目を見開いて。
それから、目がすぅっと細められて、嬉しそうに目尻が下がる。
こんな、表情。ほんとにずるい。
なんでそんなに幸せそうなの、なんでそんなに嬉しそうなの、たかがキスで、そんな。
これでわかったかい?と言いたげに、あわせた唇がニィッと歪む。ちろ、と舌先で突かれて、反射で開けた唇の隙間から、するりと雨彦さんの舌が滑り込んでくる。求めるような舌の動きが、そういえば、こんな風に、余裕のないキスをされることもあったかもしれない、と甘い記憶を引き寄せる。例えば、三番目をいただきますするとき、とか。
「余裕なんてないさ。俺はお前さんに惚れてる」
つぅ、と糸を引いて唇を離して、雨彦さんは余裕綽々なフリをして笑った。そんな理由で、なら。そんな理由でなら、私にだって、余裕は微塵も、ない。ぎゅうっと抱きしめられた腕の中で、私は私の中の雨彦さんへの想いがまた温かく膨らんだのを感じて目を閉じるしかなかった。