@myon34
いつからだっただろう。
ぼくがこのばしょにかようようになったのは。
よるにのやまをかけ、ひるはこかげでやすんでいたひび。
いつかやまをでて、そとのひろいせかいをみてみたい、そうおもったんだ。
やまをでると、いろんないろをしたいきものが、みぎにひだりにとすごいはやさではしっていった。
そのいきものがとおるばしょをすぎると、あかいおおきなもんがあって、そのさきにあるたてもので、まいにちおひるねをするようになった。
なんにちもかよいつづけてたら、たてものにすんでいるひとがぼくのそばにすわって、ぼくをなでてきた。
「ふふっ、おとなしいのね」
「お、お姉様……、噛まれますよ?」
「大丈夫よ。ほら、ライカもどう?」
「い、いえ結構ですっ」
あおいかみのおんなのひとが、ぼくのあたまやのどをなでてくる。
ちょっとくすぐったいけど、きもちがいい。
「あら、お昼寝の邪魔だったかな?」
そういうと、ぼくからてをはなす。
「もうお姉様ったら……、時間ですし早く行きましょう」
「そうね、わかったわ。気を付けて帰ってね」
「なーぅ」
さいごのことばにいかないで、とへんじしたつもりが、ふたりはいってしまった。
すこしだけおひるねしてからぼくもかえろう。
ぼくもすこしまるくなってめをとじる。
「ふむ、妾の社に堂々と土足で上がり込んで昼寝とは。肝が据わっているのか、ただ能天気なだけなのか……
またおんなのひとのこえがする。
ただ、こんどはさっきのふたりとはちがうかんじのこえだ。
「最近獣の臭いがすると思ったら、正体はお主か」
いますぐにげないと、とおもってもからだがうごかない。
「妾の前から逃げられるものか、小童め」
おんなのひとはそういいながら、からだのうえにてをおく。
「少しでも怖いと思ったのなら、ここには二度と来るでないぞ。一度は見逃すが、次はないからな」
ぼくがからだをうごかせるようになったあとには、そのひとはいなかった。
それからも毎日、その建物に行っていた。
人間のことや言葉の意味はよくわからないけど、僕がいつもお昼寝をする場所はいなりじんじゃと言うみたい。
何日かに一回、お昼の時間に行くとはじめに会った二人がいる。
「お姉様、またあの猫が来てます」
「そう? それならちょっと様子を見てくるわね」
「また猫と一緒になって寝ないでくださいよ」
「わかってるって、大丈夫だから」
青い髪の女の人がこっちにむかって走ってくる。
僕はいつもこの人の膝の上で昼寝をしている。
黄色い髪の、らいかって女の人が呼んでるおねえさまってのは名前なのかな。
膝の上でなでられながら、今日もまた眠った。
人間は三十回昼になったら一カ月と言うらしい。
だとしたら、僕はもう一カ月はここに通い続けているみたい。
今日はおねえさまが居る日のはずなのに、いなりじんじゃの中には誰も居なかった。
お昼寝をして帰ろうと、建物に上がると。
「二度はないと、前に言ったと思うがな。小童」
あの怖い女の人の声だ。
でも今日は身体も動くし、声も出せる。
「さて、どうしたものかの。子供を殺すのは趣味ではないが……」
ひょいと僕の首をつまんで持ち上げる。
「うーっ」
「ほう、妾の顔を前にして唸ることができるか。好い好い、ますます殺したくなった」
女の人は笑いながら怖い事を言う。
一度は牙を見せて怖がらせようとしたけど、この人は全く怖がろうとしなかった。
「その子、殺しちゃダメ……」
また女の人の声がした。
僕の後ろにいるのだと思うけど、姿が見えない。
「お主……、こんなところまで来るとは珍しいの。どうしたんじゃ突然現れて」
「その子、生かせておいてほしい」
「妾の社に忍び込むドブ猫をか?」
「ん」
「たかが猫一匹でお主がそこまで言うこともなかろう。らしくないぞ」
「その子が死んじゃうと、リコーが悲しむ」
僕が死ぬと悲しむ?
りこーって誰の事だろう。
「……そうか。あやつのことを何も考えておらんかったな」
そういうと、今度は僕を手で抱きかかえる。
今までとは違った、優しい抱き方で心地が良い。
「妾の顔を見て生きて帰れる奴は初めてじゃ。誇れよ小僧」
女の人の声は突然優しくなって、まるでおねえさまに話しかけられているような感じがした。
「ところで、お主もあやつに入れ込むのう」
「……別に」
「妾より神性の高いやつが、妾に仕える巫女に入れ込んでいるのを見ると、妾としては複雑なんじゃが」
「気にしなくていい。私は私の目的があるけど、あなたは何の迷惑にもならない
「そういう意味じゃないんじゃが……、まぁ良い。ほら、さっさと行け」
二人の言葉ははっきりと僕に意味が理解できた。
人間と同じ言葉を話しているようで、ちょっと違うのかもしれない。
僕は意を決して、聞いてみた。
なーぅ。
「……なんじゃ、妾が神だと知らずに何度もやってきていたのか?」
にゃぁ。
「道理で何度もノコノコやってくるわけじゃ。まだまだ修行が足らんのう」
にゃ。
「そうじゃ。妾はこの稲荷に祀られし神、難しい名前は省略するとして名はローライと言う。稲荷神じゃ」
なー?
「さっきの娘か? あぁ、あやつはこの土地の神じゃから、妾より上位の偉い神様じゃよ」
なぅ。
「質問攻めじゃのう。あやつも妾の巫女もお主の事を気に入っているようじゃから、お主は殺さぬよ。気が向いたらまた来い、誰も居ない時に妾が相手してやろう」
それから、いろんなことをローライ様から教えてもらった。
人間のこと、話す言葉の事、青い髪のおねえさま、リコーのこと。
動物である以上、人間と意思疎通は取れなくても、人間が話している言葉を理解することができるくらい、神様に教えてもらった。
「また来たか、小僧」
なーう。
「……妾がやることがあると思うか? 妾は民を見守るのが役目、見守っておれさえすれば何をしようが自由じゃ
なう?
「楽しくはないがの。夢も何も持たぬ、哀れな狐神の末路よ
なー。
「小僧が夢を持たずどうする。夢がないなら人間になりたいとでも願っておくがいい。夢を持ってさえおればいつか報われ叶う時がやってくるからの
その日の真夜中、ふと眼が覚め起き上がった。
近くに他の動物がいるわけでもない。
何かに導かれるように、僕は神社に向かっていた。
いつも渡る道路は森の中と違って、街灯に照らされていて夜でも明るい。
ちょっと眩しいけど車は来てないから大丈夫。
少し遠くに明かりが見えるけど、それまでには渡れるだろう。
渡っているうちに、どんどん車の明かりが近付いてくる。
ちょっと急ぎ足になったらすぐそこまで来ていた。
避けられない、直感でそう思った。
「お主、死んだのか
「殺しちゃいけないって言ったはず」
「馬鹿を言うでない。妾は手に掛けておらんよ、車に轢かれたんじゃろう」
「ローライ、生き返らせる事は出来る?」
「所詮は稲荷の神、そんなことはお主よりもさらに上位の神にしか出来んじゃろう」
僕の意識は確かにそこにあった。
ローライ様と土地神様が話している。
僕は死んだらしい。
「じゃあ眷属にしてしまったら?」
「それはこいつ次第じゃのう。姿かたちまで変わってしまうんじゃ」
「のう、小僧。妾の眷属になる気はないか?」
眷属?
「そうじゃ。お主は再びこの世界に生を受ける。その代わり妾に仕え、妾のために生きよ」
そうすれば生き返られるの?
「もちろん、じゃが姿は今のままじゃ居られん。別の動物の姿に変わる事になるが、今のお主の猫と言う特徴が残った姿になる」
異型の姿になる、ってこと?
「その通り。お主が希望する姿があるなら一度だけ聞いてやろう。夢だって語っていたではないか
そう……だね。僕は、僕の夢は
人間になりたい。
「よかろう。ならば目を閉じよ。目が覚めたらお主は見知った場所に居るはずだ」
ありがとう、ローライ様。
「様はもうよい。お主はこれから妾と同じ神性を受け持つことになる」
ローライは僕に笑った気がした。
いつからだっただろう。
僕がこの場所に通うようになったのは。
夜に野山を駆け、昼は木陰で休んでいた日々。
いつか山を出て、外の広い世界を見てみたい、そう思ったんだ。
山を出ると、いろんな色をした車が、右に左にとすごい速さで走っていった。
その車が通る道を過ぎると赤い大きな鳥居があって、その先にある神社で、毎日お昼寝をしていたっけ。
「最近来なくなったなぁ……、あの子猫」
「どうしたんですかね、嫌ってましたがちょっと心配です」
境内の中には二人の女の人が居る。
この神社の巫女であるリコー。
そして巫女の手伝いとして働くライカ。
二人は神社に入ってきた僕に気付く。
「こんにちは。参拝ですか?」
声をかけてきたのはリコーだ。
一歩引いたところでライカはこっちを目を丸くして見ている。
「お姉様……この人、耳が」
この身体になって、初めて声と言うものを出す。
上手く出せるかどうかわからないけど、ちゃんとローライに教わってたから。
「こんにちは。初めまして」