@satomi8429
お題「まねっこ」
推奨キャラ 「張宿・亢宿・室宿」
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下した向きのまま少し右上がりに。
手を止め、軽く押えてから真上に。
手を止め、ほ先をそろえるようにしてゆっくりはねる。
斜めに下しそのまま下げ、少し右下に引いてから真上に上げる。
ずっと降っていた雨が止み、外は気持ちのいい青空だ。文机の前に座り、いましがた出現した文字を眺める。透けて見える朱の文字と比べるとかなり太く不恰好ではあるが、少しはましになっただろうか。
「道輝」
「兄者」
右肩ごしに柔らかく投げられた声に、伸ばした背も手にした筆もそのままに振り返る。十と一つ年長の兄は道輝の手習いの師でもあった。
「お、よく書けたじゃないか。」
「僕の手柄じゃないんです。ほら、これ。」
照れたように幼い手が年季の入った長方形の重しを外す。道輝がまだ湿った紙をずらしてみせると、下から朱で書かれた手本が現れた。
「昨日言った練習をさっそくしたんだな、熱心だな」
長い指が柔い髪をわしゃわしゃとかき混ぜると、道輝は嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちになって目を伏せた。視線の先、お下がりで貰った蓋のない文箱の中にあるのは、数日前に自分が書いたはずの端整な文字の連なりだ。何枚もの半紙にびっしりと書き綴られたそれがなんであるのか、今の自分にはまるでわからない。
(今のお前は、だめなんだ)
目の前の大きく不恰好な文字に責められている気がして目を閉じた。不覚にも涙が出そうになって堪える。兄に責められているわけでもないのに泣くなんて不当だと思ったから。
「いいかい、道輝」
文箱への視線に気付いたのか、義翔はたしなめるように両肩に手を置いた。正面から見つめられるといつまでも目を逸らしているわけにはいかず、見上げると笑んだ兄の双眸があった。造作はあまり似ていないと言われる、しかし雰囲気はそっくりだと評される細めた鳶色。
「今のお前の一番よかったところはな、この姿勢だ」
ぽんぽんと背を叩く兄の手はいつも優しい。あれがある時も、ない時も。
「お前は普段猫背だけど、手習いの時は見違えるくらい背が伸びているよ。書で一番大事なのはそこなんだ。お前は日に日に上達してるいるよ、道輝」
にっこり微笑んだ兄は立ち上がると、棚の上にある文箱から一枚の紙を取り出した。地味ながら装飾の施されたこの文箱のことを兄は『大事なもの入れ』と呼んでいて、中身を教えてくれたことはなかった。
なんだろう。大事なもの入れの中身、と思うと胸が高鳴った。涙はいつのまにか引っ込んでいた。
「ほら」
手渡されたのは、古くなって縁の黄ばんだ一枚の半紙だった。中央にはとても文字には見えない墨で書かれた物体が我が物顔で鎮座している。左端に小さく日付と―。
「兄者の宝物だよ」
道輝は目を瞠った。
『道輝書』
左端に書かれているのは紛れもなく、兄の筆跡で書かれた自分の名前だ。
かつての、もっとずっと幼い頃の自分の書。四六時中兄に纏わり付き、なんでもかんでも真似をしたがった。初めて筆を持たせてもらった日。今度こそだめだった。涙の洪水に抗えるわけもなく、道輝は声を上げて泣いた。
朱雀の証は中途半端で、そこに追いつかなければと気持ちばかり焦ってがむしゃらに練習していたけれど、兄はどちらの自分もその広い腕で抱えてくれていたのだ。
あたたかい胸に押し付けた頬に流れる涙が止まるまで、義翔は無言でその背をなで続けた。
朱雀の巫女が現れるのは、それから三年後のことである。
***
私にしてはめずらしく呼び方を原作準拠にしました。
あと一字下げしてみたけどどうなんだろうと疑問符。
そして今回もリベンジならず、65分でした。